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『社会保障改革のゆくえを読む』第2章「生活保護制度改革」を読んで

 伊藤修平 著の『社会保障改革のゆくえを読む――生活保護、保育、医療・介護、年金、障害者福祉』自治体研究社(2015)の第2章「生活保護制度改革」を読む機会があったので、まとめながら読もうと思う。

 もし本書を読もうとしている人がいたら参考になるかもしれないが、私は自分なりに咀嚼して雑多な文章にまとめているだけなので、著者の真意を正しく理解するには実際に本を読まれることを強くお薦めする。これは自分のための備忘録である。

 

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 第2章「生活保護制度改革」を読んで。

 

 安倍政権下での社会保障改革(という名の下の社会保障費削減政策)の最初の標的とされた生活保護制度について。生活保護制度の現状と生活保護基準引き下げの問題点の指摘、改正生活保護法および生活困窮者自立支援法の問題点の指摘、そして改革のゆくえと課題を展望している。

 

 生活保護の「受給者」は2011年7月に過去最大の205万人になり、その後も過去最多を更新し続けている。それでも日本の補足率は他国と比較して極端に低い。

 2008年秋のリーマンショック後には派遣労働者を中心に解雇された若者が続出し、生活保護を利用する若者も増大した。現在の厳しい雇用情勢では、生活保護から離脱することは難しく、結果として生活保護の利用は長期化してしまうし、周囲から厳しい視線を浴びることになる。

 

 2012年ごろから生活保護の不正受給増大が報道されはじめ、某人気お笑いタレントの母親が生活保護を受給していることが報道されてから一気に生活保護受給者に対するバッシングが加熱した。親族に高額所得者がいる者が生活保護を受けるのは「モラルハザード」だと自民党議員が主張したり、生活保護受給者の親族が扶養出来ない場合はその理由を証明する義務を課すという制度改正について厚生労働大臣が言及するなど、生活保護の不正受給だけでなく生活保護受給者に対して風当たりが強くなった。

 もちろんこのタレントは生活保護法上、不正受給に該当しないことは明らかであり、報道やインターネットのバッシングに大臣が同調するという構図はきわめて異常だった。

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 実際、生活保護受給者の中には少なくない割合で不正受給者は存在するし、ギャンブルや娯楽に消費する一部の人もいる。しかしその一部の人の行為を受給者全体にレッテルとして貼りつけ、「生活保護受給者の人権は制約されてもやむを得ない」と自民党世耕弘成議員が発言を行うような状況だった。

 これらの生活保護受給者への偏見の助長は、生活保護基準引き下げや生活保護法改正に世論を誘導するための意図的なキャンペーンだったのであろう。

 事実、「生活保護緊急ダイヤル」には、こうしたマスコミの過激な報道による深刻な精神被害を訴える声が寄せられたという。「他の先進諸国では、誤解や偏見に満ちたこうしたマスコミ報道こそが、人権侵害として糾弾されるのに、日本において糾弾されたのは、生活保護受給者の方だった」

 この顕著な例として、兵庫県小野市の条例が述べられている。小野市では「小野氏福祉給付制度適正化条例」という、福祉給付の受給者がその金銭を「パチンコ、競輪、競馬その他の遊戯、遊興、賭博等」に消費しているのを「市民及び地域社会の構成員」が見つけた場合は市に情報を提供することを責務として定める条例が施工された。生活保護受給者を監視し市への密告を奨励する主旨をもつ条例の存在には驚いた。

 

 なぜ生活保護に対するバッシングは拡大したのか?生活保護を受ければ生活は格段に楽になる。しかし生活保護を受けていない人たちは生活が苦しいままだ。生活保護受給者を「恵まれている」と感じる人が生活保護受給者をバッシングしているとすれば、それは日本の社会保障が行き届いていない証拠なのだ。実際、インターネット上で生活保護バッシングに積極的だったのは、生活保護受給予備軍と呼ばれる生活保護を受けていない貧困層だった。

 

 生活保護制度改革はどのように展開されてきたのか。近年の大きな制度改革の一つに、老齢加算の廃止がある。専門委員会が現行の老齢加算に相当するだけの需要があるとは見出せないとの理由で廃止した老齢加算は、生存権の侵害に当たるとして全国の裁判所で提起されてきた。地方裁判所では生活保護法や憲法に基づいて違法・違憲判決が出されたが、どれも最高裁で棄却もしくは差し戻しされたり、違憲ではないとする判決が下されている。ただし、最高裁判決では保護基準の改定の判断過程審査について厚生労働大臣裁量権の行使に一定の制約をはめた点で評価することができる。

 

 生活保護の基準引き下げが検討され始めたのは2008年度からだったが、当時は世論の批判が強く、基準の引き下げは見送られた。しかし生活保護受給者の急増によって地方自治体から生活保護制度改革の提言が相次ぎ、これを受けて民主党政権は2012年2月に「社会保障・税一体改革大綱」を閣議決定した。ここでは「求職者支援制度」の創設と並んで生活保護制度の見直しが図られた。生活保護制度見直しの具体案を提示したのは自民党で、その案には①生活保護給付水準の10%引き下げ、②医療費の自己負担の導入や指定医療機関への管理強化、後発医薬品の使用義務化などによる医療扶助の抑制、③食糧配給などの生活保護給付の現物給付化、④就労支援の強化、⑤ケースワーク業務の民間委託、調査権限強化、⑥稼働年齢層を対象とした生活保護期間の「有期制」導入の検討などがある。この提言をほぼそのまま政権公約にした自民党は2012年の衆議院選挙で圧勝し、生活保護制度見直しの議論はますます加速したのだった。

 

 自民党が主導して成立した社会保障制度改革推進法でも、憲法25条や生活保護法の基本理念を無視するかのような規定が並んでいた。(①不正な手段により保護を受けた者等への厳格な対処、生活扶助、医療扶助等の給付水準の適正化、保護を受けている世帯に属する者の就労の促進その他の必要な見直しを早急に行い、②生活困窮者対策および生活保護制度の見直しに総合的に取り組み、保護を受けている世帯に属する子どもが成人になった後に再び保護を受けることを余儀なくされることを防止するための支援の拡充を図るとともに、就労が困難でない者に関し、就労が困難な者とは別途の支援策の構築、正当な理由なく就労しない場合に厳格に対処する措置等を検討する、というもの(附則2条))

 生活保護受給者の増大による保護費増大という財政的圧力と、自民党の政治的圧力のもとで、生活保護制度見直しは議論されることになったのだ。

 

 「基準部会」(社会保障審議会生活保護基準部会)と「特別部会」(生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会)によって提出された報告書に基づいて、政府・与党は生活保護基準の引き下げを閣議決定し、2013年度予算案に盛り込んだ。

 この引き下げのうち90億円ぶんは基準部会の検証結果に基づいたものだったが、残りの580億円は物価下落(デフレ)を理由に政府が引き下げたものだった。結果、2013年度は合計670億円の大幅削減となった。

 しかし、この生活保護基準の引き下げには根拠がない。低所得世帯の消費支出が生活扶助費を下回っているという理由で減額されている点では、そもそも生所得世帯の消費支出と生活扶助基準を比較する手法に問題がある。生活保護基準以下の生活状態でありながら生活保護を受給していない生活貧困者が日本では多数存在しており、それらの世帯の消費支出と生活扶助費を比較すれば当然生活扶助費の方が高くなるのだ。また、デフレを理由とする引き下げも根拠として相応ではない。デフレといっても一律ですべての商品の価格が下落しているわけではないのだ。事実、消費者物価指数を見ると、教養娯楽費の下落幅は大きいが、食料・住居・被服費はその下落幅はきわめて小さく、光熱費・水道費はマイナス1.2%にとどまっている。これは2008年と2011年の物価指数の比較だが、2012年の消費者物価指数に照らし合わせると光熱費・水道費はむしろプラス2.8%になっていた。デフレを理由に生活保護基準の引き下げを断行することはできるはずがなく、厚生労働省の比較は明らかに恣意的・政治的な操作といえる。政権公約生活保護基準の10%引き下げを挙げていた自民党は、政策ありきで根拠を後付けしたというほかない。

 生活保護基準は他の制度にとっていわば「公認された生活困窮判定水準」であるため、生活保護基準の引き下げはあらゆる生活保障の水準を低下させることになる。フルタイムで働いた場合の手取り収入が生活保護費を下回る「逆転現象」は(厚生労働省の試算に問題点があることを考慮に入れると)47都道府県すべてで起きているため、最低賃金の引き上げをすべきだと考えられるのに、結果的に「逆転現象」の解消よりも先に生活保護基準が引き下げられることになる。また、生活保護基準は国民年金保険料の免除や保育料、児童福祉施設一部負担金の免除と連動しているため、生活保護基準の引き下げの影響を受ける。国民健康保険料の減免や介護保険利用料の減額基準、就学援助対象の選定基準なども同様に所得をもとにしており、生活保護基準が引き下げられれば、それまでは保険料の減免や就学援助を利用できたのに利用できなくなる人、打ち切られるひとが多数出てくることになる。就学援助利用者は157万人にのぼっているため、その影響は甚大となる。

 減免だけでなく負荷という影響も発生する。住民税非課税基準設定も生活保護基準に連動しており、その住民税非課税基準設定に保育料は連動している。そのため、生活保護基準の引き下げによって、収入は増えることなく、あるいは減ったにもかかわらず、住民税が課税され、さらに保育料も高くなるという子育て世代が生まれる可能性がある。

 「生活保護世帯の子どもの教育や家庭環境等を改善し、貧困の連鎖を防止していきます」と生活保護制度見直し案で述べていた自民党は、この施策こそが「貧困の連鎖」の拡大を招くことを予期できなかったのだろうか。



 2014年7月から施行された改正生活保護法では、「不正の防止」「医療扶助の適正化」を図ることにより「手続きの整備」、被保護者の自立支援給付金支給制度の創設が趣旨だとされている。しかし詳細に確認すると法改正の主眼は申請手続きの変更・煩雑化と扶養義務の強化であることがわかる。これは、生活保護法改正案と生活困窮者自立支援法案が閣議決定された2013年5月17日同日に国連の社会権規約委員会から「日本政府に対する第3回総括所見」として勧告されていた、生活保護の申請手続きの簡素化と生活保護申請者が尊厳をもって扱われることを確保するための措置をとることという内容とまったく反する法案を提出したことになる。

 改正生活保護法によって、生活保護の申請は改正前と比べ厳格なものになった。改正前では申請の意思を明確にすれば口頭でも可能とされており、また申請行為と申請書の提出に時間的ずれがあっても良いとされていた。しかし改正後の条文において「申請書を保護の実施機関に提出しなければならない」と記された。国会審議において、口頭での保護の申請を現行通り認める趣旨はなされており、また時間的ずれも現行通り許容されていると答弁された記録があるが、変更がないならば条文の変更は必要なかったはずである。原則として書面による申請と必要書類の添付が義務付けられる改正法では、かねてより問題視されていた、福祉事務所が相談と称して申請書を渡さない「水際作戦」が横行される可能性が高まる。

 さらに、改正生活保護法では扶養義務者に対する調査権限が強化された。現行の生活保護行政の実務では、保護の実施機関が要保護者の申告に基づき扶養義務者の存否を確認し、扶養可能性の調査を行う。扶養義務者に扶養履行義務が期待できる場合、扶養照会が行われる。生活保護法では扶養義務者の扶養は保護対象の要件ではないが、「まず扶養義務者の援助を求めなければ保護は受けられない」と扶養義務が保護の要件であるかのような説明をし保護の申請を断念させる「水際作戦」の「常套手段」がまかり通っていた。ところが、改正保護法によって、要保護者の扶養義務者が民法の規定による扶養義務を履行していないと認められる場合、保護の開始決定をしようとするときはあらかじめ当該扶養義務者に対して通知することを保護の実施機関に義務付けた。この「扶養義務を履行していないと認められる場合」というのは、生活保護法77条(扶養義務者からの費用徴収を定めた規定)に基づく対象の設定方法であり、現場ではほとんど適用されたことがなく費用徴収もなされていない。しかし改正法における扶養義務者に対しての調査は収入や資産、銀行や勤務先までも報告を可能にしているため、生活保護の開始決定前に同様の調査等を行われることを通知されるのであるから、扶養義務者は申請者を無理にでも扶養しようとするか、本人に申請を取り下げるように働きかける可能性がある。また、生活保護を利用しようとしている者の親族も困窮していたり親族間の関係が破綻していたりする場合も多い。このとき改正保護法における「親族側に扶養が困難な理由を証明する義務を課す」という制度改正は、深刻な問題をもたらす。例えば夫の家庭内暴力(DV)から逃れて来た女性が生活保護を申請した場合に、加害者である夫に扶養照会を行うことは、夫のストーカー追跡に加担し生命の危機をもたらす可能性がある(現実にそうした事例がある)。今回の改正では、法的には扶養が保護の要件でないことには変わりはなく「扶養義務者に援助を求めなければ保護は受けられない」とする運用は違法であることにも変わりはない。しかし、改正により親族に迷惑がかかるからと生活保護の申請を断念する生活困窮者が増大することは容易に想像できる。申請の厳格化とともに、生活保護の申請の抑制効果を狙った法改正であると考えられる。

 改正生活保護法で第8章が新設され、就労支援の強化が盛り込まれた(就労自立給付金制度)。これは、生活保護から脱却した際に生じる税・社会保険料などの負担を、生活保護受給中の就労収入のうちから仮想的に積み立てて、保護廃止に至ったときに一括して支給する制度である。しかしそもそも、安定した就労の機会を得ることが難しい現在の雇用状況のもとで就労支援給付金を創設したところで、対象者はほとんどいないため、実効性に疑問がある。

 不正受給対策の強化について、不正受給の場合の罰金の上限が30万円から100万円に引き上げられることと、徴収金に対して加算金40%を上乗せすることが可能とされた。しかし、実際に不正受給とされたものの中には、生活保護担当ケースワーカーの見落としや説明不足によるもの、高校生のバイト代を申告しなかったものなど、「不正受給」といえるのか疑問なものも多数含まれている(生活保護法78条における不正受給の成立とは積極的な不正行為を要するもので、一般的には「不正の意図」が必要となる)。

 医療扶助の適正化について改正保護法では、生活保護受給者に対して「可能な限り後発医薬品の使用を促す」ことを明記している。後発(ジェネリック)医薬品は医療費抑制の観点から促されているが、法律の条文に明記することには問題がある。もともと医療保障の給付水準は生活保護の医療扶助の給付水準と同等であり、生活保護受給者にも当然最適水準の医療が保証されるべきとされてきたが、今回の改正はその原則を崩したもので、将来的には医療水準全体に格差をもちこみかねない。



 以上のような改正生活保護法に対して、生活困窮者自立支援法はその目的に「生活困窮者の自立の促進を図ること」を掲げていることから評価する見解もある。しかし大きな問題が存在していることも事実だ。

 例として、同法では自治体が行う事業として必須事業と任意事業を課しているが、多くの自治体では予算的な問題から任意事業までに手が回らないことが予想されている。また、必須事業である「生活困窮者自立相談支援事業」は、生活困窮者からの相談に応じて必要な情報の提供や助言を行う事業とされているが、生活保護申請への助言が定められていないため、生活保護を利用できる人が他の生活困窮者自立支援事業の利用に誘導される危険が指摘されている。また、「生活困窮者就労準備支援事業」では、失業と一般的な就労の間の就労訓練事業として「中間的な就労」を認めているが、この事業に対する関与が十分になされなければ、最低賃金を下回る賃金で働かせて利益を得ようとするブラック企業の温床になりかねない。本来生活困窮者の就労についての自立支援というのは、生活保護を申請させ利用させたうえで就労支援を行うのが道理である。しかしこの制度設計では、生活困窮者に最低生活を保証する前に最低賃金を下回る賃金で就労させる、という生活保護制度へのアクセスを制限するために用いられるものになっている。財務省財政制度等審議会の「平成27年度予算の編成等に関する建議」において「政策効果が生活保護受給者の減少として確実に現れているか、事後的にしっかりと検証を行う必要がある」と述べられているように、政府のねらいは生活困窮者自立支援法によって生活保護制度へのアクセスを抑制し、生活保護受給者を減らすことにあることは明らかである。



 住宅扶助費は、生活保護受給者にアパート家賃などの費用として支給されているが、支給限度額が低いために多くの受給者は国が「健康で文化的な住生活」と定める水準の住居に入居できていない現状がある。基準部会委員から住宅扶助費の基準が低すぎることが問題として挙げられ、「より適切な住環境を確保することが必要」と報告書に記載されたが、安倍政権は住宅扶助費の削減を断行した(2015年度から2018年度にかけて総額190億円の削減)。この減額により、これまでは適正とされて全額が支給されていた家賃が「高額家賃」とされ、受給者は転居指導の対象とされる。その数は約44万世帯にのぼるとされており、この影響により高齢者の認知症発症の契機となったり健康の悪化につながったり、子どもの転校を余儀なくされたりなど問題が生じることになる。結局、保護世帯の側で名目上家賃を基準額以内に納めるという自己犠牲的選択をとらせるおそれが指摘されている。

 生活保護基準の引き下げが断行されたのは生活保護バッシングを追い風にしたという側面があるが、生活保護基準が課税最低限や賃金水準、各種社会保障給付の水準を規定しているということから生活保護基準を引き下げれば、自動的に社会保障給付の水準を低下させることができ、結果的に社会保障支出を削減できるという目的があったと考えられる。しかし現状では多くの生活困窮者が生活保護を申請できないまま餓死、孤立死、自殺に追い込まれることとなる。こうした生存権侵害ともいうべき改革に対して、全国生活と健康を守る会連合会(全生連)が中心となり行政機関への不服申し立て運動が全国各地で取り組まれている。

 生活保護受給者の増大の原因は主要なものとして貧困の拡大があるが、社会保障制度が不十分であるために生活保護制度に負荷がかかりすぎている現状もその一つとして考えられる。逆に言えば、社会保障制度を拡充すれば生活保護受給者を減少させ、生活保護費を抑制することができる。最低保障年金や住宅保障が確立されているスウェーデンでは高齢者の公的扶助の利用はほとんどない。社会保障制度全体の底上げが必要なのだ。