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『社会保障改革のゆくえを読む』第3章「子ども・子育て支援新制度」を読んで

 伊藤修平 著の『社会保障改革のゆくえを読む――生活保護、保育、医療・介護、年金、障害者福祉』自治体研究社(2015)の第3章「子ども・子育て支援新制度」を読む機会があったので、まとめながら読もうと思う。

 もし本書を読もうとしている人がいたら参考になるかもしれないが、私は自分なりに咀嚼して雑多な文章にまとめているだけなので、著者の真意を正しく理解するには実際に本を読まれることを強くお薦めする。これは自分のための備忘録である。

 

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 3章「子ども・子育て支援新制度―その本質と少子化対策としての限界」を読んで。

 

 この章では、子ども・子育て支援新制度(「新制度」)が、待機児童の解消などの少子化対策として打ち出されたものであるのにも拘わらず、少子化対策にならないどころか、保育の質を下げ、子どもの命を危機にさらしていることを示されている。

 

 安倍政権の打ち出した「待機児童解消加速化プラン」(2013年4月)と子ども・子育て関連法(①子ども・子育て支援法(「支援法」)、②認定こども園法(就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律)の一部改正法、③児童福祉法の改正など関係法律の整備に関する法律)の実施がプログラム3条に規定されている。「プラン」は5年間で60万人分の保育施設をつくるという計画だが、認可保育所ではなく認定こども園や小規模保育事業の増設が中心となっている。

 

 当初政府は、消費税率10%引き上げによって確保できる約7000億円を新制度の実施に充てると説明し、新制度の実施を消費税の再増税を行う2015年の4月からとしていた。いわば、消費税増税との引き換えの子育て支援の充実ということだ。

 

 新制度の実施によって、従来の保育制度は大きく変化したが、複雑な内容のために新制度の内容や問題点は保護者や当事者には知られなかったし、政府やマスコミも問題点については言及しないでいた。実際、新制度が実施されてもなお最大の懸案事項であった待機児童の解消はめどがたっていない。そのため2013年からはじまった保護者による入所不承諾に対する不服申し立て騒動は拡大している。

 

 結果から判断しても、新制度の実施は子育て支援の充実や待機児童の解消を意図して構想された制度ではないことがわかる。本当の目的は何だったのか。それは、従来の市町村委託・施設補助方式、自治体責任による入所・利用の仕組みである保育制度を解体し、利用者給付である給付金方式・保護者の自己責任による利用の仕組みである直接契約方式に変えることにあった。給付金方式にすることで保育所への補助金の廃止や企業参入の促進(保育の市場化)を進め、市町村の保育実施義務(保育の公的責任)をなくすことが意図として構築された制度なのだ。

 また、保育所だけではなく認定こども園や家庭的保育事業等を給付対象に拡大することで、保育水準が低い小規模保育事業を増やし、安上がりに待機児童の解消を狙ったのだ。

 

 この政策意図のわかりやすい例として、改正前の児童福祉法第24条1項に定められていた市町村の保育実施義務(「保育に欠ける」乳幼児について、市町村が「保育所において保育しなければならない」)が改正案では削除されていたことが挙げられる。なお保育関係者による批判や反対運動によって法案審議過程で文言は復活している。

 また、支援法の実施によって、保育所運営費などの補助金が廃止され、支給認定を受けた子どもに対して施設型給付費が支給されるようになった。

 

 これらの新制度への転換によって、さまざまな問題が発生している。

 

 第一に、新制度では保育所を含め保育の利用手続きが変わった。従来の保育制度では保護者が入所を希望する保育所を書いて市町村に申し込みをすれば、市町村が入所要件に該当するかを審査して、該当する場合は入所先の保育所を決め、入所承諾書を交付していた。保育所定員に空きが無い場合、「不承諾」となる場合があり、これが「待機児童」が発生する仕組みだった。対して、新制度では保護者はまず市町村に支給認定を申請し、市町村が申請にかかる保護者の子どもについての給付資格と保育必要量を認定し、認定証を交付する。保護者は認定証をもって市町村に利用の申し込みを行い、市町村が保育所利用を承諾、利用決定を行うと、市町村は子どもに対して保育所で(もしくは私立の認可保育所に委託し)保育を提供する、という流れになる。このように、新制度において、法律上利用要件の審査と利用決定の手続きが分離された。したがって保護者は、支給認定の申請と保育所利用の申し込みという2段階の手続きを踏まなくてはいけなくなった。ただし、実務上は、保護者は支給認定の申請の際に、申請書に希望する保育所名を一緒に記入して利用申し込みも同時に市町村にできる形となっている。

 

 従来の児童福祉法においては、認可保育所の不足などで保育所保育ができない「やむを得ない事由」がある場合、市町村は保育所保育に代えて家庭的保育事業による保育を行うなど「その他の適切な保護」を行う義務があると規定されてきたが、改正法によってこの文言が削除された。この根拠として考えられるのは、保育所以外の保育施設・事業の拡大によって保護者の希望施設・事業が選択できるとされるからだ。しかし、新制度になっても保育条件の整った保育所を選択・希望する保護者が多いのが現実であり、こうした保護者の保育所選択権は尊重されるべき権利である。

 また児童福祉法24条1項には保育所を利用する子供に対する保育の実施義務を市町村が負うことが規定されているが、ここでは認定こども園や家庭的保育事業等を利用する子どもがその射程から外されている。これらの子どもは2項が適用され、市町村は「必要な保育を確保するための措置を講じなければならない」という間接的な保育確保義務のみ負うとされている。

 これらのことから、保育が必要と認定された子どものうち、保育所を選択し利用する子どもに対しては市町村が保育実施義務を負うのに対して、認定こども園などを選択・利用する(せざるをえなかった)子どもには、市町村は保育の実施義務を負わないということになり、新制度は子どもの保育に格差を持ち込んでいることが分かる。

 

 第二に、新制度のもとで市町村が新たに行うことになった利用調整の問題がある。法改正によって、待機児童が多くいるなど保育需要が供給を上回っている市町村において、保育の必要性の認定を受けた子どもが保育所などを利用する場合には、当面の間、市町村が利用調整・利用要請を行うとされた。これはつまり、待機児童解消のために、保育所利用を希望している保護者に、その利用を諦めさせ、認定こども園や家庭的保育事業などへ振り分けるという役割を、政府が市町村に担わせようとしているのだ。

 

 しかし、利用調整の仕組みには問題がある。契約当事者でない市町村は、応諾義務の規定を根拠にしてとしても、施設・事業者に保護者との契約締結を強制することなどできないのである。市町村の利用調整は行政指導であり、保護者の側も、市町村の行う利用調整に従う義務はない。すると、保育所不足の場合の認定こども園などへの振り分けは事実上形骸化する。

 

 第三に、支給認定の問題がある。新制度では、支援法に基づく給付を受けて保育所などの特定教育・保育施設を利用するには、保護者は市町村に支給認定を申請しなければならない。保護者からすると、市町村に利用申し込みをし、市町村を経由して利用が決まっても、改めて直接契約施設・事業と契約する必要があり、二度手間である。他にも、支給認定の「保育の必要性」の線引きや子どもではなく保護者の就労時間が対象になっていること、保育必要量を巡る問題や支給認定資格の有効期間など、問題は山積みである。

 

 第四に、新制度の下での保育料など保護者負担の増大が挙げられる。新制度では、保育所の保育料は、これまでの所得税額ではなく住民税額をもとに、国が定める基準額を踏まえ、市町村が条例で定めることになる。また、他にも保護者の負担としては、認定された保育必要量を超えた部分は給付がないために全額保護者負担となる。地域子ども・子育て支援事業の一つである延長保育事業を利用しても、市町村事業であるため市町村ごとに格差がある。また幼保連携型認定こども園を除く認定こども園や地域型保育事業の場合には、「特定負担額」と呼ばれる上乗せ徴収が可能なので、オプション保育(英語や体操、音楽など)を実施すれば別料金が請求される。

 

 日本では、保育費用に対する国の負担割合は2割弱であり、保護者の負担は4割強となっている。先進国の中では、保護者負担割合が突出して高い水準にある。実際、新制度の導入以降、保育料の引き上げなどにより負担増となった保護者も多い。消費増税に加えて児童扶養手当などの諸手当は削減され、保育料も高くなるのであれば、子育て世代の生活はますます苦しくなり、少子化は進む一方だろう。

 

 第五に、待機児童の8割以上を占める0~2歳児を対象とする小規模保育事業などの保育水準が、保育所保育に比べて大きく低下しているという問題がある。新制度における「保育の必要性」は、従来の児童福祉法における「保育に欠ける」場合と異なり、保育が保育所保育だけで充足されることを想定していない。

 新制度において、地域型保育事業の認可基準は、国の基準を踏まえて市町村によって制定される条例に基づくものが多い。この基準においては保育士資格を要件とせず研修受講のみで良いとするグループも存在している。また家庭的保育の場合は、狭い密室に家庭的保育者が一人で保育に従事することになり、保育者に対する重度な負荷が考えられる。こうした保育に関する低い基準では、子どもにとっても保育者にとっても大きなストレスとなり、事故などが増大する危険性も高まる。事実、2014年中に厚生労働省に報告のあった「保育施設における事故報告集計」では、認可外施設での死亡事故件数の3分の1は無資格者だけの施設で発生している。保育の専門性の欠如は、子どもの命を危機にさらすのである。

 

 多くの問題を孕む新制度が制定されてもなお、結果として待機児童問題は解決していない。待機児童解消のためには保育所の増設が必要であるが、政府は新制度において保育所の利用を希望しながら認定こども園などの直接契約施設・事業を利用している子ども、自治体の補助を受けている認可外保育施設を利用している子どもは、待機児童に数えないとする待機児童の定義を示している。また、実際、認定こども園の数は政府の思惑通りには増えていない。新制度の下で都市部で待機児童の受け皿として増えているのは、駅前のビルの一室を借りた、保育士資格者は半分程度しかいない保育水準の低い小規模保育事業というのが現状である。

 

 第六に、障害児保育や学童保育の後退が懸念されている。新制度では、学童保育は市町村が行う地域子ども・子育て支援事業に位置づけられた。このときの児童福祉法体系によってこれまで明確な基準がなかった学童保育の基準が位置づけられた点では評価できるものの、その「従うべき基準」とされたのは職員の資格や数のみで、その他の開所日数・時間などの基準は、市町村が独自に設定することができるため、市町村間の格差が拡大する。すなわち、新制度においては学童保育については国が責任を持たず、自治体まかせになっているといえる。学童保育も、自治体の公的責任により、必要としている子どもたちに保育を保障していくべきである。

 

 一方障害児保育について見てみると、保育所における場外時の受け入れ状況はここ8年程横ばいになっている。これは、2003年から障害児保育の補助金一般財源化により加配保育士体制が厳しくなる自治体が増えたためで、障害児を受け入れる保育所数も受け入れ障害児数も横ばいか減少している。この原因の一つとして、新制度によって設置が推奨された直接契約施設・事業である認定こども園や家庭的保育事業の存在がある。保育所における保育の実施義務によって、保育の申込者は基本的に保育所への入所が拒否されることはない。しかし、認定こども園などの施設では、応諾義務が課せられているものの、契約を拒否できる「正当な理由」として「特別な支援が必要な子どもの状況と施設・事業の受け入れ能力・体制との関係」が示されているため、障害児の入所を拒否できる体制になっているのだ。

 なお、2010年に改正児童福祉法で新設された保育所等訪問支援業を障害児が利用する際には、申請と給付決定の手続きが必要となり、保護者は保育所の保育料のほかに、訪問支援事業所と契約を結び利用料を払う必要があり、保護者の負担が重くなり、結果利用そのものが抑制されてしまう可能性が指摘されている。日本の批准している「子どもの権利条約」の23条では、障害を持つ子どもの特別なニーズを認め、可能な限りその援助を無償としなければならないと規定しているため、障害児の療育・保育は無償とすべきであろう。

 

 2013年5月、安倍首相は待機児童数をゼロにした横浜市の手法を全国的に「横浜方式」として拡大する旨の宣言をした。しかし横浜方式では保育所の鉄道の高架下設置、既存認可保育所の必要面積の最低基準を下回る「子どもの詰め込み」などが行われ、また保育所に入れず育児休業を延長した人や認可外保育施設に入っている子どもなどを待機児童に数えていないため、実際に待機児童数がゼロになったとは言い難い。

 

 以上のように一向にして待機児童の減らないなか、2013年から保育所入所不承諾に対する保護者の集団不服申し立て運動が首都圏の自治体の中で拡大した。「保活」と呼ばれる保育所探しをしている保護者、もしくは入所不承諾とされ待機中の保育者を組織化し、「認可保育所に入れず困っている」現状を伝えるのがこの運動の目的であり、結果として市町村が保育実施義務を持ち保育条件の整った認可保育所を増やしてほしいという要求運動に発展し、最終的には児童福祉法24条1項に「市町村の保育の実施義務」条項を残すという成果を生んだ。