アンダーグラウンド・ハイドアウト

やりたいことをのびのびこそこそと

生きるも死ぬも僕らの手の中

 思えば。

 

 昔はTwitterの裏アカウントで悩みだったり考え事をひたすら投稿していた。
 昔といっても自分が中高生だった頃なので、たかが十数年前のことだ。それでも当時は、「裏アカ」と言えばそういう誰にも見せないフォロワー数ゼロのアカウントのことを指していた気もする。
 今になって考えると典型的な思春期の悩みだったのだが、自分が成長するにつれて物事を特段に考えるようになり、ひとりでうんうん悩んでいた頃は整理もせずに吐き出す場所がただ必要だった。散文的にとりとめもなく吐き散らした言葉を総合すると、ぼんやりとその中心に自分の悩みが浮かび上がってくるようになる気がして、そういう投稿を続けていた。核心を突けずにいるだけなのに、そちらの方が思考をトレースしやすいと信じてそういうスタイルをとっていた。今でもそういう文章をブログに書くことがあるし、これが自分のスタイルなのだろう。ニーチェだってそうしているのだからと、虎の威を借りて正当化している。

 今ではTwitterも複数のアカウントを棲み分けているうえに、SNS自体も棲み分けるようになった。生活が忙しくなり、悩む暇さえ無くなってきたことで自分のモヤモヤを吐き出す場所が無くなってきていた。

 

 ところが、情報収集の場所として活用しているThreadsを、ふと「誰も見ていないのだから」と悩みを打ち明ける場所にしようかと一瞬考えてしまった。ただフォロワーはInstagramと連動していることに気づいて、急いでブログに逃げ込んできた。

 薬の服用と療養への専念のおかげか、これといって最近は深い悩みで目の前が覆われることは少なくなった。それでもただ直視していないだけで、頭の隅に追いやった不安は濃い霧のようにずっと区画を支配しているままだ。友人に現在の自分の状況を説明しないといけないときに、いざ自分の不安を直視すると、たちまち不安に侵食される。煙を吸ってしまって肺が汚れると身体全体に拡がるように、身体中がじんわりと不安で侵されて手先がじんじんする。耳が熱くなり、泣き出してしまいそうになる。それでもその反面、煙草を吸うのを止められないように、不安で悩んでいる自分を愛おしく感じて悲劇のヒーローでいるのも快く感じてしまう自分もいる。


 思えば、Twitterの使い方が自分は独特だった。
 高校生の時分に、自分はあるひとに恋をしていた。距離感が絶妙で、自分の思いを直接伝えることのできなかった自分は、「あの人への気持ちbot」のようなアカウントのツイートをいいねすることで、自分の気持ちに気づいてもらえないかと考えていた。十数年も前にはそういったbotが存在していたし、当時は他人のいいね欄を見ることができたのだ。もしその人が自分に少しでも興味を持っていたとしたら、自分のアカウントのいいね欄を見ることがあるだろう、その時に自分の気持ちを代弁したツイートがたくさん並んでいたら、抱え込んでいる気持ちに気づいてもらえるのではないか、そんな甘い期待を抱いていたのだった。
 自分が特に気に入っていたアカウントは、botではなく手動で運営されていた。繰り返されるツイートはなく、どれも特定の人に向けて放たれた言葉のようなものを投稿していた。その投稿の文章に自分もいたく共感していて、いくつもいいねをしていた。あるとき「いつもいいねしてしまってすみません、自分の気持ちに気づいてほしくていいねしてしまうんです」とDMを送ったことがある。今思えば無謀だし気持ち悪いのだが、そのアカウントは優しくも「気持ちわかるよ」と返信してくれた。あの頃の自分は何かに縋りたかったようにも思えるし、自分で勇気を踏み出せない意気地なしでもあったのだろう。当然その恋は実らなかった。

 

 思えば、昔から自分はそうだった。
 自分は恵まれた環境で育っているのに、自分は悲しくて残念で他人より劣っているのだと思い込む節があった。そう考える方が自分にとっては楽だったのだ。舗装された道を自転車で漕いで進んでいるのに、スタミナがないことを理由に必死に漕がないようにしていた。そうとでも考えないと、自分の現状が惨めすぎるのだ。きょうだいが上に2人いるせいか、他人の目を気にしながら他人と自分を比較して生きることが当たり前になっていた。自分の個性や特技を見出すことに慣れて、勉強も人間関係も努力して掴み取った。しかしどちらも上には上があることを思い知らされた思春期、思い通りにならない現実と、頭打ちになったことを自覚する自分と、否応にも比較せざるを得ない似た境遇の同級生に囲まれて、劣等感に苛まれて自分が行ったのは自分の殻に閉じこもって自分を守ることだった。自分の個性だと勘違いしていた価値観は常識からかけ離れていて、周囲に無意識に攻撃的な態度をとっていた。今では丸くなったが、相容れない価値観の人間には反抗的な立場を取ろうとしてしまう癖が治っていない。他人と比較する癖も治っていない。これは自分の鬱にも直接的に悪い影響を与えている。人生のうちに避けることのできない他人と比較されるイベントが、定期的に自分の精神を蝕むたびに、精神は大きく波打ってどん底に向かっていく。

 

 一時はオアシスだと睨んでいたThreadsは、Twitterの悪意の煮凝りのようなSNSと化してしまった。炎上目的の投稿がなされ、ひとたび返信すれば数多の人から批判のリプライが届く。返信をしなくても、その投稿を開くだけでアルゴリズムが働き、頻繁に同様の「白黒つけたがるような」投稿が流れてくるようになってしまう。怖いもの見たさでリプライ欄を見ると、蠱毒のように罵り合いが繰り広げられている。そのクリックによってさらに自分のタイムラインが汚されていく。この繰り返しだ。
 こんなThreadsで自分はひたすらWebリンクを投稿し続けるという垂れ流し戦略をとっているので誰からもリプライされることがない。そもそも自分の周りにThreadsを使っているひとがいない。これをいいことに「はやく死にたい」とゴースト投稿(24時間で消える投稿)をしたら、これを見た誰かから通報されてしまった。

youtu.be

22-23シーズンウルブス所属選手の契約状況報告における、選手ごとの英語表現の違いについて

*この記事は、2023年8月15日のお盆休みを利用して書いていたものの筆が止まってしまっていた下書きを頑張って完成させたものです。

初めに

 プレミア・リーグの23-24シーズンも開幕し、移籍ウィンドウもそろそろ終盤になってきているが、自分の応援しているチームであるWolverhampton Wonderers(愛称 Wolves;ウルブス)の状況が芳しくない。
 ポルトガル代表Rúben Nevesにはじまり、Nathan Collins、メキシコ代表Raúl Jiménez、アカデミー出身のRyan Giles、FCバルセロナ出身Adama Traoré、Diego Costa、Ki-Jana Hoever、Chiquinho、そしてJoão Moutinho……。ここ3シーズンで主力として活躍してきた選手が次々と退団してしまった。また他チームにレンタルしていたConor Coady、川辺駿はそのまま別チームに移籍してしまった。これとは対照的に、加入選手が少ない。レンタルで借りていたMatheus Cunha、Boubacar Traoréを買い取り、レンタルで貸していたGonçalo Guedes、Fabio Silvaが戻ってきて、かつて所属していたMatt Dohertyがフリー移籍で舞い戻ってきた。他に特筆すべき移籍情報はEFLリーグ1(実質的な英3部)からサブのGKをフリーで獲得したくらいで、補強と言える動きは見られずに新シーズンが始まってしまった。
 その中でも今シーズンで契約満了となる3選手の暫定契約情報についてのリリースが、個人的に少し興味深いものだった。契約更新に対する見込みを含めた言及が、3選手それぞれで対応が異なるように見えたのだ。簡潔にいえば、なるべくチームに残留してほしい選手には希望を見出すような表現を用い、チームから出て行ってほしい選手には契約更新はしないことが決まっているかのような表現が用いられているのだ。
 以下、記事の全文を和訳しながらその表現を比較してみたい。

見出しについて

 まずはTwitterの投稿から。アウェイでアーセナルに0-5で大敗し22-23シーズンを終えたチームのTwitterで6月2日このような投稿がされた。

(訳)スポーツディレクターのMatt Hobbsは、今夏に契約満了となるウルブスの選手の未来について新たな情報を提供している。

貼られているリンク先の記事がこちら。

www.wolves.co.uk

「Hobbsによるファーストチームの契約の最新情報」と題されたこのリリース。始めに要約として小見出しが書いてある。

Now the 2022/23 campaign has concluded, Wolves sporting director Matt Hobbs confirmed three members of Julen Lopetegui’s first-team squad are now out of contract.

22-23シーズンが終了し、ウルブスのスポーツディレクターであるMatt HobbsはJulen Lopetegui(監督)のトップ・チームの戦力のうち3人のメンバーが現時点で契約が切れている状態であることを確認した。

 本文は始めに改めて要約が示されたのちに、3人それぞれの現状の具体的な説明がなされている。以下がその内容である。

Following the season closer at the Emirates Stadium on Sunday, Joao Moutinho, Adama Traore and Diego Costa are approaching the end of their current contracts at Wolves.

日曜にエミレーツスタジアム(Arsenalの本拠地)での最終節を終えた後、Joao Moutinho、Adama Traore、Diego Costaはウルブスとの現行契約が終わりを迎えようとしている。

João Moutinhoの場合

 まずはJoão Moutinho(ジョアン・モウティーニョ)。当時多かったポルトガル出身選手の一人で、ボランチやサイドハーフからドリブルと多彩なパスで相手守備を翻弄していた印象。ただ、独善的なプレーをファンから厭われていたことも。1年契約を延長した後の契約満了。当時36歳。

Moutinho passed the 200-appearance mark for Wolves appearance under Lopetegui earlier this calendar year, during the fifth year of a glittering career in old gold, after he joined the club from Monaco during the summer of 2018.

2018年の夏にモナコから移籍した後、黄金色のユニフォームに袖を通した輝かしい5年間のキャリアを通じて、今年前半にロペテギ監督の指揮下において、モウティーニョはウルブスでの出場回数を200回以上に伸ばした。

old goldは古いコインのような茶色がかった金色のことで、ウルブスのユニフォームの色ないしウルブス自体を表す言葉としてよく使われる。glitter「きらきら輝く」と組み合わせてモウティーニョのキャリアと貢献を讃えている。

Player of the Season following his debut campaign, Moutinho scored a collection of stunning goals for the club and was a midfield ever-present alongside Ruben Neves for much of his time at Molineux but will now move on to pastures new this summer.

デビュー後のシーズンで最優秀選手になったモウティーニョは驚くようなゴールを数多く決め、MolineuxスタジアムでRuben Nevesの隣にいつもいたミッドフィールダーだったが、次の夏にはフリーとなることになる。

移籍初年度の18-19シーズンでモウティーニョはウルブスの最優秀選手に選ばれた。登場するRuben Neves(ルベン・ネヴェス)はウルブスのプレミア昇格から中盤を支え続けた若きキャプテン。ポルトガル代表にも選ばれて長らくチームの中心人物だったが、23-24シーズンの移籍ウィンドウで巨額の移籍金を置き土産にサウジアラビアに行ってしまう。Molineux(モリニュー)はウルブスのホームスタジアムの名称。

Hobbs said: “Joao’s going to go down as one of the best players to ever pull on the old gold, in my opinion. He was an integral part of the team the entire time he was here. Our success over the last four or five years, he’s been instrumental in. So, he now departs with nothing but thanks from the football club.

Hobbsいわく「Joanはいままでウルブスを率いた優れた選手の一人としてチームを離れることになると私は思う。彼がチームにいた間、彼はずっと不可欠な存在だった。ここ4,5年のチームの成功には彼の貢献があった。だから、彼とのお別れもチームからは感謝を伝えるだけだ。」

結構意訳だが、今までの貢献を讃えつつ、でも移籍はしかたないという印象を抱く文章。「英雄としてチームを去る」「不可欠(integral)な存在」「チームの成功には彼がいた(be instrumental in)」という称賛のオンパレード。「depart with nothing(思い残すことなく立ち去る)」という別れを思わせる熟語も、「nothing but thanks from the football club(チームからの感謝以外は)」と続けて感動的な表現にしている。

“Everything he does is meticulous. He’s shown a lot of the younger players what you have to do to look after yourself and have a good career in the game. When he first came to the club, he was a big part of the culture change, because of his work ethic and how he managed himself before and after training. He definitely raised the levels and expectations amongst the players themselves.

「彼のすることはすべて細部まで行き届いている。彼は若い選手たちに自身の世話をしたり試合で良いキャリアを積んだりするために何をしなければいけないかを示してきた。彼が初めてチームに合流したとき、彼の仕事に対する考え方や練習前後における自身の管理方法は、チーム文化の変化の大きな一部だった。彼は間違いなく選手たち自身のレベルと期待を向上させた」

ピッチ上だけでなくピッチ外でもチームの雰囲気づくりに貢献してくれたと褒めちぎっている。「meticulous」という単語は几帳面とか細かいところまでこだわるとかとういう意味らしい。テクニシャンでファンタジスタだったモウティーニョに相応しい形容詞だ。

“When he came in, we had a huge Portuguese contingent, and he was a hero to a lot of the guys for what he’d achieved in both club and international football. He just had that presence and people wanted to follow what he was he doing. We thank Joao for all he did at Wolves and wish him the best of luck for the future.”

「彼が入ってきたとき、チームはポルトガル人の大きな分隊を抱えていた。クラブチームとナショナルチームで彼が達成してきたことから、彼らの多くにとっても彼はヒーローだった。彼がそこにいるだけで、みんな彼がすることに付いて行きたがった。ウルブスでしてくれたすべてに対してJoaoに感謝をしているし、彼の将来の幸運を祈ります。」

既にポルトガル人がたくさんいたウルブスをまとめるベテランとしての役割を全うしてくれた、今までありがとう、と感謝しつつ「役目は終わった」と契約を更新しないであろう様子が感じ取られる。この後、Moutinhoはポルトガルのブラガに移籍を果たしたのだった。

Adama Traoréの場合

 次は、Adama Traoré。21-22シーズンを6位で終え、ヨーロッパリーグにウルブスが出場したことで一躍有名となった筋肉隆々な右ウィンガー。契約終了が近づいているが主力選手であり、フリーで売却するともったいないため契約を更新するべきだという意見がサポーターからは上がっていた。当時27歳。

Meanwhile, Traore made his 194th appearance at Arsenal and has now reached the end of the five-year contract he signed when joining from Middlesbrough during the same summer as Moutinho.

一方で、モウティーニョと同じ夏にミドルスブラから移籍して(最終節だった)アーセナル戦で194回目の出場を果たしたTraoreは、5年間契約が終わりを迎えようとしている。

The Spaniard, whose most recent goal for the club against Tottenham Hotspur proved crucial to survival, is now able to speak to other clubs, but Hobbs holds a hope that his future could still be at Wolves, extending his time at Molineux further.

このスペイン人は、直近のトッテナム戦でのゴールが残留のために重要だったことを証明し、他のクラブとの交渉が可能な状況であるが、HobbsはMolineuxでの時間をさらに延長してウルブスに残留してくれるという彼の未来に期待を抱いている。

現状を踏まえて、改めて彼がチームに必要であり、残留を期待している旨が読み取れる。

Hobbs said: “As the manager said in his press conferences recently, Adama is a player we’d like to keep and we’re still talking to him. He’s now out of contract, but it doesn’t mean there’s not an opportunity to still come to an agreement, so conversations will be ongoing. He’s probably earned the right to understand what else is out there.

Hobbsいわく「監督が最近の記者会見で言ったように、Adamaはチームにいてほしいと思う選手で、交渉を続けています。もう契約は切れてしまったが、それが(再契約の)合意に至るチャンスはもう無いということを意味するわけではないので、まだ対話は続けられるだろう。彼は他のチームで何ができるか知る権利があるだろう。」

どうにかチームに慰留できないか奮闘している様子が伝わってくる。可能性は低いが、移籍を踏みとどまってくれたら嬉しいという気持ちなのだろう。

“He’s a great guy around the place, always happy and friendly, so on every level we’d like to keep him. Sometimes it’s not possible, but we’ll certainly be trying. We hope we can come to an agreement but let’s see what happens over the next few weeks.”

「彼は練習場でもいいやつだし、いつだってハッピーで親しみやすいから、どんな局面でも彼がいてほしいと思う。不可能なこともあるだろうが、しっかり試みているところです。合意に至るのが望みですが、今後数週間で何が起きるか見てみましょう。」

前の文章から何度もhope(希望)を用いているあたり、望み薄なのが見て取れる。事実、彼はこの移籍ウィンドウでフルハムにフリーで移籍してしまった。

Diego Costaの場合

 Diego Costaはスペインのアトレティコ・マドリードと英プレミアのチェルシーのレジェンド選手で、アトレティ時代にはリーガ優勝を2度、チェルシー在籍時も2度のリーグ優勝を経験している。黄金期は情熱溢れるプレーでチームを鼓舞したが、その気性の荒さから問題児でもあった。円熟期を越えて無所属となっていたところを、FWの確保が急務だったウルブスに1年契約で加入した。当時34歳。

Costa’s arrival in Wolverhampton proved a success for the club. Signed to help the attacking department steer the club clear of relegation, he did exactly that, proving an influential figure on and off the pitch during his nine months in the West Midlands.

ウォルバ―ハンプトンへのCostaの到着はクラブの成功を証明した。攻撃要員を救い出すための加入はクラブを降格から回避させ、ウェスト・ミッドランド州(ウォルバ―ハンプトンの所在地)での9ヶ月でピッチ内外で影響力を与えた。彼はそれをまさにやってのけた。

急遽加入することになったCostaの救世主っぷりを「steer clear of(舵を取って危機を脱する)」と表現しているが、全体的にもう役目は終わったようなニュアンスも伝わってくる。

The 34-year-old, who played 25 times on his return to England, was back scoring in the Premier League during a crucial win over Brentford in April, and formed an impressive partnership with Matheus Cunha, which helped secure the club a sixth successful campaign in the top flight.

イングランドに戻ってきて25試合をプレーしたこの34歳の選手は、4月のプレミアリーグでのブレントフォード戦で重要な勝利に貢献するゴールを決め、Matheus Cunhaとの素晴らしいパートナーシップを築き上げ、それにより6年連続となるプレミアリーグ残留を決定づけるのを手助けした。

良いように書いてはいるが、即戦力として獲得したベテランFWとしては25試合出場して1得点というのは、あまりピッチ内では活躍はできなかったと評価されるだろう。

Hobbs said: “Diego came off the back of Sasa’s [Kalajdzic] injury and has been incredible whilst he’s been here, the way he’s bought into the club, the values and the culture. On the pitch, he’s shown that he still has a lot to offer and off the pitch he’s been an incredible teammate, especially for the young Brazilians like Joao [Gomes] and Matheus [Cunha] – he’s been a real asset for them.

Hobbsいわく、「DiegoはSasa(カライジッチ:Kalajdzic)のケガ要員としてチームに来てくれたが、彼がいて、クラブと価値と文化への賛同の仕方というのは素晴らしかった。ピッチ上ではまだやれることがたくさんあることを示すし、ピッチ外でも特にJoao GomezやMatheus Cunhaら若いブラジル人たちにとって素晴らしいチームメイトになった。

Diego Costaはスペイン代表だがもともとブラジル出身でブラジル代表になる権利も持っていた。そんな経歴から、若手のブラジル出身選手の規範となっていたのだろう。

“We’ve seen the relationship he’s had with the women’s team, where he was in the gym in the evenings and they came in and formed friendships, and he was very supportive of them. I can’t thank him enough for everything he’s done over the season – he was a really important part of what we managed to achieve, staying in the Premier League.

「彼が女性チームとも関係性を築いていたのを私たちは見てきた。ジムで午後のトレーニングをしているとき、女性チームが入ると仲良くなっていたし彼女らにとても協力的だった。彼がシーズン通してしてくれたことすべてに私は感謝しきれない。彼はプレミアリーグ残留をなんとか達成するのに本当に重要な役割だった。」

コワモテで問題児キャラであるDiego Costaだが、チーム内の雰囲気をよくするのに協力的だったことが分かる文章だ。だが、今後のことに関しては期待は抱いていないのであろう。

“It feels the natural time to part ways because he was on a one-year contract. There was some internal conversations and we felt this was right. I’ve got no doubt that Diego will get another club off the back of his performances for sure. If a club calls me to ask about the person, he’ll get nothing but praise from me.”

「彼は1年単位の契約なので、お別れになるには自然なタイミングだと感じる。内々で話し合いがあり、それが適切だと感じた。きっと彼のパフォーマンスなら他のクラブからお誘いがあるのは疑いようもないだろう。もしどこかクラブが私に彼の人間について聞くことがあれば、彼は私から賞賛しか得られないだろう。」

 もうここまでくると契約の更新はしないとアピールしているようなものだろう。Diego Costaというパッション型ベテランの存在によって得られるものもあると思うのだが、年齢のこともあってかやや冷たい待遇となっている。
 事実、その後Diego Costaはブラジルのボタフォゴにフリーで移籍した後、2年後に現役を引退した。

ユースチーム所属の選手について

トップチームではないアンダー世代の選手たちの契約についても同じ記事で触れられていた。全く存じ上げない選手たちばかりなので、翻訳だけしようと思う。

Elsewhere, six members of the under-21s squad will depart Wolves during the summer, including Taylor Perry, who joined as a seven-year-old and Luke Matheson who signed for Wolves in January 2020, with fresh challenges hopefully awaiting all.

他に、この夏6人のU21メンバーがウルブスに別れを告げることになる。その中には7歳で加入したTaylor Perryや2020年の1月に加入したLuke Mathesonも含まれる。彼らには幸ある新鮮な挑戦が待ち望んでいるだろう。

育成年代は資金難のウルブスにとって貴重な選手獲得源となるが、資金源ともなる。育てた選手を売却することもクラブ経営をする一面にあるのだ。

Hobbs said: “There are some good players in there, but we’re keen on keeping pathways clear for the younger players. We like to keep our average age young across the 18s and 21s, so some of these boys get to a stage where we have to make the decision for us, but also for them to start a career in men’s football.

Hobbsいわく「良い選手が何人もいるが、私たちは若い選手たちのために将来を明確にすることも熱心に取り組んでいる。U18からU21の平均年齢の若い選手を確保しておくことも好んで行うし、彼らのうち何人かはチームのために(移籍を)決めなくてはならない段階に移すこともあるというのは、彼らにとってもプロキャリアを始めるためでもあるのだ。

“Jack Scott, for example, has already got a new club and there’s a lot of interest in all the boys. For us, it’s the right time for both sides, one so we can move 16 and 17-year-olds into the 21s and for them to start a career.

例えばJack Scottは既に移籍先のチームが決まっているし、すべての選手たちにたくさんの注目が集まっている。私たちにとって、チームにとっても選手にとってもちょうどよいタイミングであるし、U16やU17の選手たちをU21に昇格させ、キャリアをスタートさせることができるのだ。

*「one」は不要な単語として翻訳した。

“The reality is, to reach our first-team is really tough, but there’s a lot of players who will have good careers and we think holding on to them for too long, and sending them on loans where they never really feel part of it, is not fair. It’s about finding the right time to say off you go, when they have options to get themselves going.”

現実を言えば、1軍チームに加入するのは本当に難関だが、いいキャリアを得ることになる選手は多くいるし、長すぎる間彼らを引き留めておいたり、行かせたいとは思えないローンに送ったりということはフェアじゃないと考えている。これは行けるときに「行ってこい」と言うに相応しいタイミングを見出すようなものだ。

遠回しな言い方で良いように言っているが、まぁ実力不足な若い選手は本人たちのことも考えて他のチームで花を咲かせて来いと何人か送り出したということだ。

最後に

文末に全体的な総括としてメッセージが載せられている。

Everyone at Wolves thanks all those players departing the club this summer for their effort and wish them the best of luck in the future.
The full list of out of contract players is as follows…

ウルブスの全員が、この夏に別れを告げる選手たちに彼らの功績に感謝し、将来の幸運を祈っている。
契約が切れる選手の一覧は以下……

まとめ

 いかがだっただろうか。日本のサッカークラブが契約情報に関してリリースする際はかなりビジネス的な「情報」のみを伝える文書という形が多いが、プレミアリーグ(当時(泣))のチームとしてはファンが契約更新情報についてやきもきしていることもあるため、現状の報告をクラブから発信することもある。今回は、その中でも待遇の異なる3名の選手に対しての表現が異なっており、ニュアンスでクラブ側の思惑がそれぞれ伝わってきてしまうというものだ。せっかくチームで活躍してくれた選手は良い別れになりたいものだが、クラブ側の意思が伝わってきてしまうシビアな世界での文章という感じがした。

 今後も面白いと思った文章は翻訳出来たらいいなと考えているので、興味があればまた覗きに来てください。

音楽のプレイリストをつくること

 自分の趣味のひとつに「自分で好きな曲のプレイリストを作ること」があります。自分の他にもこの趣味を持っているひとがいたら共感してもらえるかもしれない、もしくはこの趣味を知らないひとには楽しさを少しでも理解してもらえるかもしれない、という思いから文章を書きます。修士論文を書いて以来文章の書き方がカッチリした文章を書くモードになってしまっているのでリハビリをかねて朗らかな文章を書けるように努めたいです。

 初めて「自分で好きな曲のプレイリストを作ること」という行為を知ったのは、高校3年生のときでした。高校2年のときに同じクラスにいた「パイの実」というあだ名の同級生が似たようなことをその2013年当時からやっていたのです。
 身長は170センチ以上、切れ長の目元、ワックスを使わなくともオールバックになっていた髪型……とイカツい見た目の彼は、実は運動音痴だったり天然だったりとキャラが立っていて、とても面白いやつでした。勇気を出して話しかけてみると超が付くほど音楽オタクだったことが判明して、音楽に詳しい方だと自分で認識していた私は彼と意気投合しました。3年生になると違うクラスになってしまったものの、頻繁に音楽談義をするような音楽仲間になりました。
 パイの実にはすでにもう1人音楽仲間がいました。それは「モックン」と呼ばれる男で、パイの実と同じ中学だったけれど別の高校に通っていました。2人と私と合わせて3人で音楽談義をするLINEのグループ(MUSEの曲から『MKウルトラ計画』と名づけられた)が高校3年生のあたりに成り行きで出来ていました。談義と言っても当時はバイタリティのあった高校時代だったので、カラオケに行ったりパイの実の家に遊びに行ったりするための予定合わせに使っていました。特にカラオケでのパイの実の行動は彼のキャラを如実に表していて、平沢進や電気グルーヴを歌った後にボブ・ディランを歌ったり、King Crimsonの「21世紀の精神異常者」を歌い始めては長いインスト部分でトイレに行ったりと、音楽趣味もさることながらクレイジーで面白いひとでした。
 そんなパイの実の部屋はまるで秘密基地のような雰囲気を漂わせていました。鬱蒼と木やツタが生い茂る石垣にひっそりと囲まれた木造建築の2階にある彼の部屋は少し天井が低く、カーテンが締め切られていたのもあって秘境のような様相を呈していたのを覚えています。彼が部屋を暗くしていたのはおそらく、壁じゅうに敷き詰められた棚にぎっしりと並んでいた雑誌、小説、CD、そしてレコードの変色を防ぐためでした。カーテンから漏れ出すオレンジ色の光で包まれたパイの実の部屋は神秘的で、なにか怪しい実験でも行われている場所のようでした。事実、私が初めてドグラ・マグラという本の実物を見たのは彼が自身の本棚を紹介してくれたときでした。得体の知れない、けれど不思議な魅力を放つものが集められた部屋でした。
 その部屋ではギターを持ち込んでいたモックンと私が2人でThe StrokesのReptiliaを弾いたり、モックンが持ち込んだギターリフをパイの実の持っていたルーパーのようなマシンに取り込んでそれに私がソロを被せたりと、セッションが行われました。パイの実は意外にも楽器は弾けなかったのですが、そういう機械を持っていたのです。他にも、2人がアーティストの名前を挙げてそのアーティストの曲をパイの実が流す、という遊びもやりました。自分の知る限り一番マイナーなアーティストを挙げても、パイの実は表情一つ変えずに、しかも私の知らないそのアーティストの曲を流すのでした。当時はサブスクなんてサービスは存在せず、YouTubeも今ほど音楽の動画は豊富ではありませんでした。それでも僕が「United Future Organization!」と言うとサラッとUFOの曲をパイの実が流せたのは、それほど音楽の守備範囲が広く、しっかりCDを収集していた証拠です。
 そんな彼が棚の中から取り出して僕たちに見せてくれたのは、ラベルの書いていないCDでした。それは一般的なアーティストのシングルやアルバムのCDではなく、自分で書き込むことのできるCD-Rだったのです。パイの実はそのCD-Rに「自分にとってその1年を象徴する曲」を入れて、1枚の「オリジナルコンピレーションアルバム」を毎年作っていると教えてくれました。私が「自分で好きな曲のプレイリストをつくること」と出会った瞬間です。素晴らしい音楽仲間に最高の趣味を教えてもらった私は、彼らに影響されて「その年を象徴する曲を並べるプレイリスト」を作り始めるようになったのです。
 いわくパイの実とモックンは以前からこの趣味を共有していて、プレイリストを作るときにはルールが自然発生的に存在していることを教えてくれました。まず選曲の条件は「個人的にその1年を表す曲であること」。つまり選ぶ基準に曲の発売年は関係が無いのです。音楽に精通した方が年末になるとよく「今年のマイベスト」をTwitterで発表するのを見かけますが、この場合ほとんどすべての人はその年に発表された曲やアルバムから選考している印象があります。しかし、パイの実とモックンはそのような条件は設定していませんでした。新しく聴き始めたアーティストの新曲を入れても良し、昔から聴いていたアーティストの昔の曲を入れても良しなのです。デヴィッド・ボウイが大好きだったパイの実はボウイの亡くなった2016年のCDにボウイの曲を5、6曲入れていたそうです。また「他の曲と繋がっている曲は入れない」という条件もありました。ときどきアルバムの順番通りに聴くと次の曲にシームレスに繋がる曲がありますが、それを単体としてプレイリストに追加してしまうとプッツリと曲が終わってしまう(もしくは突然始まってしまう)ことになります。あくまでこのプレイリストは、コンピレーションアルバムとして「アタマから通して聴いてまとまりのある作品」であることにこだわりがあるそうです。同様の理由でライブアルバムからの収録も好まれません。さらには、初めCD-Rにトラックリストを焼いていた名残から「CDに収録可能な曲数で」という条件も自然と付けられていました。たとえその年を表す曲が30曲以上あったとしても、CDの限界容量ギリギリまで曲の収録されたビートルズのベスト盤『1』のように必ず80分以内に絞らなければいけなかったのです。今となってはこの条件は形骸化してしまったのですが、それでも自分の中ではなるべく80分に近づけるように心がけているつもりです。

 前段が長くなってしまいましたが、それ以来今までプレイリストを作成するのが自分にとってささやかな楽しみの一つになったのでした。例えば自分の行ったライブであまりにもセットリストが良いなと思ったら、そのセットリストを思い出したり調べたりしてプレイリストに再現することがあります。そのプレイリストを頭から聴けば、そのライブを追体験できるのです。また、自分であるアーティストのコピーバンドをするとしたらどんなセットリストにするか、というのを考えてプレイリストを作ることもあります。その場合は、軽音サークルのイベントでライブをする前提で考えると、最大で5曲までであることや、途中でMCを入れるタイミングなどを考慮に入れないといけません。この制限を加味しながらも、そのアーティストの良い曲を揃えたりジャンルの幅を持たせたりして、サークルの他のメンバーに良さを伝えたいという欲求も叶えるセットリストを考えるのが楽しいのです。追加と削除を繰り返して頭から最後まで流れを確認しながら聴いたり曲と曲のつながりを意識して聴いたりしていると、1週間くらいすぐに経ってしまいます。また、知り合いに自分の好きなアーティストを布教するとして、そのアーティストのベスト10を作成することを妄想してみると、そのプレイリストを作るのがとても楽しいものになります。その10曲で代表曲、ライブで盛り上がる曲、名バラード、隠れた名曲……を入れようとすると、頭を悩ませることになるのだが、それが楽しいものでもあるのです。

 自分は今でも毎年「その年のプレイリスト」を作っていますし、プレイリストごとに条件を設定して制限のある中曲を選ぶことを楽しんでいます。そのうちのいくつかは、Spotifyで公開することもしています。とても楽しいので、皆さんもやってみてはいかがでしょうか。

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怒りについて

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 アパートの共用部にある階段の下で煙草を喫っていたら、上の方の階から「煙草くせえんだよ」とぶつぶつ言っている声が聞こえてきたことがある。その後日、ポストに「共用部での喫煙の報告について」という管理会社からの通達が投函されており、共用玄関を入ってすぐのところに大きく「禁煙」とポスターが貼られてしまった。直接その時に自分に怒ってくればいいものを、小心者なやつだなあと感じながらめちゃくちゃビビってしまっている自分がいる。実際、個人どうしのトラブルを避けるためには管理会社を間に挟むのが最善策だろう。

 

 パートナーと長く付き合っていると「喧嘩しないの?」と訊かれることがよくある。実際、喧嘩をすることはまったく無い。お互いに不快に感じることがあってもその場で指摘して治してもらうか、議論して解決策を二人で導き出すことになるので、溜め込んでいつか爆発する、ということが無い。お互いにその方が堅実で建設的だと理解しており、怒ることに対してエネルギーを使いたくないという方針が一致しているのだ。


怒るという行動には相当なエネルギーが必要だと思っている。
怒るということは自分が不快に感じたり不利益を被ったりしたときに反抗する態度を見せるということなのであろうが、なぜ不快に感じているのかを説明するのではなく、言葉の表情や行動によってその不快感を示さないといけない。相手に改善を求めるのではなく、不満を発散させることが優先順位の高さで上位にある言動と考えられる。そんな非生産的なことに体力を費やしたくはない。

再就職してから、上司・先輩という立場は本当に大変だなと実感した。自分が入社して1ヶ月後に同じ部署に新入社員が入ってきて、いきなり先輩という立場になってしまった。教えることはできるのだが、できていないことに対して指導をしなければいけない。その際、何かで知って大事にしないといけないと考えているのは「ミスをしたときに人を怒るのではなくミスの改善方法を伝える」ということだ。意識しないとできないことだが、これが受け取り手にとっては大事なことらしい。すなわち怒ることは相手を傷つけて罪悪感を与えてしまうので、あくまで事象に対して対処するということなのだろう。ポイントとしては合理性に重きを置いているということなので、自分の価値観とも一致している。
また、上司や先輩社員と仕事の話をしていると、部下の教育方法や精神性の話題になって「たまには怒ってやらないと理解してもらえないこともあるが、今どき何でもハラスメントと言われてしまうので難しい」と言われることがある。ハラスメントに関しては受け取り手本人の感じ方にもよるので一概に議論はできないが、精神性を叩き込むという点では叱ったり怒ったりする必要が生まれるので、上司というのは大変な役目だと思った。だが怒る前に、ミスをしないように道筋を示すとか、ミスが起きても自分が責任を取るとか、いずれにせよ精神性の問題ではなく上司本人の行動の問題のように思えてならない。

 パートナーとは喧嘩しないと書いたが、機嫌を損ねることはある。そのときに、機嫌を態度で示さないようにすることをお互いのルールとして決めている。嫌なことがあったら言う、そして次回からの行動に反映させる。これが鉄則のルールであって、機嫌を態度に示したとしたらそれを謝罪しなければいけない。「機嫌を態度で表してひとを動かすのは赤ちゃんまで」というのがパートナーの言葉だ。
それでも、嫌だという態度を返事で示してしまったことがつい先日あった。パートナーがニンテンドーSwitchを購入して、流行のトモコレを始めた。パートナー本人や自分、推しなどいろいろな人をゲーム内で再現して楽しそうなのは良いことなのだが、私はまったく興味がない。ゲーム自体に興味が無い。だが、ゲーム内で私が推しと話したとか、パートナーが私とゲーム内で何をしているとか、とういうことをいちいちパートナーは報告してくるのだった。楽しいことを共有してくれて一緒に楽しみたいという気持ちはわかるのだが、あまりにも自分は興味がなく、自分とは無関係の人たちの話を長くされるのは気分が良いものではなかった。これは、会話の相手の会社の人間関係の話をされるときと似ているように思う。自分と会話相手の共通の友人の話題などであればお互いに関係性があるからこそ話の理解度も高まるものだが、会話相手の職場の話、知らない友人の話などは知らないところで起きている知らない話なので、それを話されてもリアクションが取りずらいし、話を理解するための想像力にかなり労力を持っていかれる。簡単に言えば話を聞くだけで疲れてしまうのだ。トモコレの件もそうで「この前までこの2人は仲良さげだったのに今は喧嘩している」などと言われても背景情報を知らないし、そんなことをいちいち報告されても自分は知ったことではない。
そう思っていたのがつい態度に出てしまったのだろう、パートナーから「ねえ見て?」と何度目かに言われた際に何?と返す自分の語意が強くなってしまった。それからパートナーはしゅんとなってしまい、その日は寝るまで会話の数が減ってしまった。この件に関しては日を改めて話し合い、ゲームの話はしないという取り決めがなされた。

 謂れのないミスに対して責任追及をされ、権力勾配や関係性から反論できないとき、もやもやした気分がたまる。後からそのミスが自分のせいではないと自覚できたとき、その理不尽さに怒りの気持ちがわいてくることがある。自分の中で理解できていても、指摘してきた相手にとっては自分がミスをした本人として認識されたままであるのは納得がいかない。コピー機に置き忘れていたぞと渡された書類が自分の印刷したものではなかったときにそれを感じた。その場では謝罪したものの、紙を見てよく考えてみると自分が印刷したものではなかった。自分に向けられてしまった矛先を修正することは叶わず「不出来な部下」認定されてしまったのに撤回できない状況にむかむかした。別の上司が気を遣って話を聞いてくれたので気持ちは治まったが、状況はまだ変わっていないだろう。

 私は会社からの帰路に歩き煙草をするのだが、いつも周りの目を気にしている。ある日帰っていると、自分の後ろに大学生か社会人になりたてくらいの男性が少し距離を置いて同じ道を歩いてきていた。よく見ると彼も煙草を喫おうとしていたので、自分は悠々と歩き煙草をすることができた。しばらく歩くと、後ろから「ちょっと何ぃ、あんた?」と大きな声で怒る女性の声がした。振り返ると、道中の煙草屋にあった灰皿で煙草の灰を落そうとした彼が店主のおばさんに怒られているところだった。おそらく、その煙草屋はすでに営業を終了していて、店を閉めたのに煙草を喫われたから店主のおばさんは怒ったのであろう。彼にとっては不本意なのであろうが、あの立場が自分だったら自分には怒れるだろうか、と考えてしまった。例えば自分が庭付きの家を持っていて、勝手に庭に入ってくる子どもがいたら怒れるだろうか。怒ってしかるべき相手にどのように怒るのが最適なのだろうか。
考えてみると、世の中には怒られてしかるべき人もしばしばいる。電車の待ち列を割り込む大人、ポイ捨てをする大人など、他人から口出しされないつもりで小さな悪事を働いている人もたくさんいる。そういう現場に居合わせてムカッとしたときは、他人なのをいいことに怒ってやろうかと思うことが多々ある。まったく知らない他人から至極真っ当なことを言われるダメージはさぞ大きいだろう。しかし、怒るというよりかは真面目なトーンで指摘するような口ぶりでいうことになると思われる。そんなところでも自分は怒りに対してエネルギーを使い込めないのだ。付け加えるなら、まだそういった場面で他人に指摘できたこともない。

 アパートの共用部に「禁煙」の張り紙が出されてからも、夜遅くだったり雨が降っていたときはいつもの階段の下で煙草を喫うことがあった。日付の回る時間帯に階段の下で煙草を喫っていたある日、外からカップルが帰宅してくる気配がした。「しまった」と思いながら、共同玄関の視界に入らないように隠れこむと、アパートに入って来るや否や女性の方が「あー、煙草喫ってるー!」と大声で叫んできた。びくっと驚いていると、階段を上りながら今度は男性の方が「……ったくくっせぇなあ!」と大声でボヤいてきた。私はすっかりびくびくしてしまって、立ちすくみながら残りの煙草を喫っていた。
部屋に戻ってから「あの言い方は無いよなぁ」と考えるようになった。そもそも面と向かって言う度胸がないから、わざと聞こえるように、けれども本人には言わないというダサい手段を取ってきたのではないか。そもそもこのアパートの2階以上は単身世帯用であり、カップルで帰ってくるのはおかしいじゃないか。彼らの怒り方は独特でどうしようもないものだった。私は傷ついたというよりそのあとの悶々とした気持ちの方が大きかった。

 まったく、怒りというのは難しい。

 最近ブログに溜まっている下書き文章の断捨離をしている。これもその一つ。

 パートナーが友だちと旅行に出かけて家を空けた日、ずっと会いたかったタトゥーとピアスと身体改造まみれの人がゲスト出勤するバーに行った。自分のかつての職場があった新宿歌舞伎町1丁目にその店はあった。
 だけど、そのことはほとんど覚えていない。覚えている部分を書いてもいいのだが、ブログに残すような出来事はなかった気がする。接客が素晴らしく、和やかに楽しめたのだが、いま思えば安銭客だったので恥ずかしく思える。
 初めて会いに行った日のことについて、当日とか直後とかに文章を多少書き残しており、シャンパンを何杯も飲んだ状態で書いた文章はとても趣があるので、短いけれど残しておくことにした。

 まずは、バーから帰る様子を書いた文章。文体がしっかりしているので、数日後に振り返って書いているものと思われる。

 

 もう朝が近いはずなのに、空はまだ暗かった。きっと歌舞伎町の照明が明るすぎて相対的に空が暗く見えるのだろう。もうしばらくしたら始発が動き始める時間だというのに、そんなことにも頭が回らなくなってしまった自分は、歌舞伎町一番街を抜けてとりあえず新宿駅にたどり着き、そのまま自宅の方角であろう方向へとにかく歩を進めていった。歩いて帰るには遠すぎる道のりだったが、とにかく歩き続けないと倒れるか吐いてしまうかしてしまいそうな気がしたのだった。見知った新宿駅周辺を抜け、ひっそりした住宅街付近までずるずると歩いた。左側には入ったことのない新宿御苑の茂みが見えており、御苑は大きいなと感じながら帰路の遠さを感じ取っていた。尿意を催して、御苑にトイレがあることを確認してから御苑をぐるっと囲む道沿いをずっと歩いていたのだが、なかなか入り口にたどり着かなかったので、そのまま御苑の茂みに向かって小便をすることにした。後から周りを見渡してみると遠くに人影が見えたのだが、まあ済ませてしまったものは仕方ないだろう。御苑沿いの道から離れると大通りが出てきて、明朝に回収されるであろう可燃ごみが電柱にうずたかく積み重なっていたのが雑多で、妙に魅力に感じたのでふらふらの手でスマホを取り出して写真を撮っておいた。そうしたら目の前にタクシーが止まって客を降ろし始めたので、タクシーの前に飛び出して運転手の顔を覗き込んで、今から1人そのまま乗せてくれますか、という質問が伝わるであろうジェスチャーと表情を見せたら運転手は頷いたような気がしたので、客が離れてから乗り込んで、すみませんねえなんて呟きながら行き先を伝えた。

 

 そして、次の文章が帰りのタクシーの中で書いたと思われる文章。

 

 夢遊病のようにふらふら歩いて、歌舞伎町のコンカフェに向かった。ダンジョンだ。初めてこんなに飲んだ。記憶が続かない。夢みたいな時間だった。本当に触れたのか?すべての行動に責任が持てない。夢見たいな時間だったなまっすぐ立たないよう。こ!も自傷行為かもし!ない。倒れそうだ。歯磨きすらできない呼吸が荒い。ポカリ飲まなきゃ。腕が痛い記憶が短絡的だ。仲の良い女の子からdm貰えて嬉しいな。もう寝ちゃったのかな。噛みタバコをしている。倒れそうだ。助けてほしい。なんとか家にたどり着いた。タクシーって高いんだな。目を瞑っていたのにずっと喋っていたよ。

支離滅裂だが、久しぶりに羽目を外して楽しんだ印象だった。こういう経験は年に1度あるかないか、くらいで十分だなと思った。終わり。f:id:asymmetrhythm:20260520152403j:image

「ぷりきゅきゅ」とかいうドラムンベース

*編集追記:動画の再生開始時間をビートがわかりやすいタイミングに変更しました。

はじめに

 KAWAII LAB.のファンたちの多くは、2025年の大晦日にはFRUITS ZIPPERとCANDY TUNEが出場する紅白歌合戦を観てひとしきり盛り上がり、年始の音楽特番を追えるだけ追っていたのではないでしょうか?では、その後2026年になってさほど間もない1月10日、CUTIE STREETが新曲を発表してSNSのタイムラインは賛否両論だったのを覚えてますか?
 当時は年末に「同じカワラボでふるっぱーときゃんちゅーが紅白に出られてきゅーすとが出られないのが理解不能」というような議論が巻き起こり、「まだ1年目だから」「『かわだめ』の勢いを年末まで維持できなかったから」「運営が年功序列を大切にしているから」と考察がされました。そしてきゅーすとのファンたちは「来年の紅白に出るために『かわだめ』のようなバズり曲を生まなきゃ!」と主張する層がいる一方で、「本当は『ひたシン』のような王道アイドルソングで売れたいからそういう曲ももっと歌ってほしい」と願うひともいたのです。そこで発表されたのが、「ぷりきゅきゅ」でした。

「ぷりきゅきゅ」を聞く

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 初見の印象は、どう考えても”トンチキソング”です。なんだかよくわからないリズムで、ヘンテコな振り付けで、なんか「あなたは前髪を信じますか?」とか言ってる。「きゅーすとは”こっち”に振り切ってバズりを狙いにいっちゃったか~」そんな嘆きが聞こえてくる。 「架空のプリ機のテーマソング」をイメージしているとのことで、たしかに平成の頃のゲームセンターやショッピングセンターのプリ機コーナーで流れていそうなポップさはあるけれど……。「中毒性はあるけど、正直どうなの?」という感想を抱いたファンも多かったのではないだろうか?
 タイムラインを賑わしていたのを見て、私も聞いてみた。その時の衝撃は忘れられない。
「これ、ドラムンベースじゃん!!!」
 このヘンテコ曲が決して”トンチキ”ではないこと、そして音楽シーンの流行をしっかり押さえた”狙いバズ曲”であることを、歌詞ではなく音楽ジャンルの側面から素人ながら解説してみたいと思います。

ドラムンベースとドリルンベース

 ドラムンベース(drum'n'bass)は、簡単に言うと90年代後半に生まれた音楽ジャンルの1つで、うねるようなベースとドラムが打ち込まれた電子音楽です。「ブレイクビーツと呼ばれるレゲエ要素のあるファンキーなビートが由来」とwikipediaには書いてありますが、より無機質的によりテンポを上げて発展してきていて、EDMの1つとしてクラブミュージックのジャンルになっていると思います。四つ打ちではなく裏拍にビートが乗っているという説明も読んだのですが、そこまで厳密にジャンル分けの知識を押さえておく必要はないと思います。

そしてその中に「ドリルンベース」というより細かくビートを刻む一派も存在します。wikipediaにはドリルンベースの例としてAphex Twinが挙げられていました。個人的に好きな「Vordhosbn」はその最たる例と言えるかもしれません。

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ブレイクコア

ブレイクコアも電子音楽の1つのジャンルで、ハードコアとドラムンベースから生まれたジャンルと説明されています。複雑なビートが打ち込みで刻まれるのが特徴で、正直ドリルンベースとの違いが個人的にわかりません。このアルバムが「神」だと言っている人がいたので、Xanopticonの曲を貼っておきます。ドリルンベースと比べると、ノリやすいのはドリルンベースの方かもしれません。

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フューチャー・ベースとフューチャー・コア

 ドラムンベースと同じくEDMのジャンルに、フューチャー・ベース(future bass)があります。いわゆるクラブミュージックにありがちなブレイク(わざと音に空白部分を作ってブチ上がりやすくする効果)はあるものの、全体的にシンセサイザーを用いてポップで温かみのある音楽です。一言で表すならゆるふわ系。代表曲には「インドア系ならトラックメイカー」が挙げられると思います。

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そしてそのフューチャーベースにハードコアの要素を掛け合わせたのが「フューチャーコア」です。テンポが早くなり、シンセサイザーのメロディーがあってポップでありつつもビートが細かく刻まれます。日本の先駆者としてPSYQUIが挙げられているのを見ました。PSYQUIから楽曲提供を多くされていて文脈的にフューチャーコアだと思うのでMarprilの曲を貼っておきます。「カワイイ」要素の入った「Kawaii Future Bass」にジャンル分けされるとしたら、ごめんなさい。

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日本でのドラムンベース

 90年代後半に海外で流行り始めたドラムンベースは、2000年代に日本にも流れ込んできました。
 2001年に発表されたm-floの「come again」は広く受け入れられたドラムンベースだと言っている人を見つけました。いま聞けば「平成」な感じがしますが、当時このビートがカッコよく最先端で、クラブでもたくさん流れていたのでしょう。というか、いま聞いても充分かっこいいです。

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同じ方はRIP SLYMEの「JOINT」(2008)も例に挙げていたのですが、同時に「これはブレイクビーツだ」とも言っています。レゲエっぽいからでしょうかやっぱり違いが難しいですね。

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近年のドラムンベース復興

 そしてドラムンベースは再び流行り始めました。アメリカのポップスシーンから「Y2K」の文脈でこのサウンドが見直されたのだと思っています。特にCharlie XCXの発表したアルバム『brat』(2024)は「ブラット・サマー」と呼ばれる熱狂の渦を巻き起こし、社会現象にもなりました(もっとも、『brat』はクラブミュージックやエレクトロ、トランスなどレイブシーンの音楽全体に影響を受けているのですべてがドラムンベースとは言えない)。

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 「Y2K」が流行していた東アジアにもこの流れが来て、懐かしさを感じるドラムンベースは初めにK-POPアイドルで爆発するようになります。New Jeansなんてまさにドラムンベースの曲で売れましたよね。

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 他のアイドルグループもこのY2K=ドラムンベースの流れに追随するようになります。

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こうなると日本も流行に追いつかないといけませんよね!ということで日本のアイドルシーンが初めにやったことは「パクり」でした。平手友梨奈は「イニミニマニモ」でCharlie XCXの「Guess」を、そしてM!LKは「イイじゃん」でaespaの「Whiplash」をまるまるパクったのでした。上下にどちらも動画を貼ってあるので、ぜひ聞き比べてみてください。

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改めて「ぷりきゅきゅ」を聞く

 世界的に流行したドラムンベースのビートとY2Kブーム(から日本における「平成レトロブーム」)を察知したカワラボ運営が「この流れに乗るぞ」と意気込んで、ドラムンベース曲を一から作ってきゅーすとに歌わせたとしたら、なかなか好判断と言えるのではないでしょうか……?
 インストバージョンも公開されているので今度はこちらを聞いてみてください。

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 シンセベースとベースの打ち込み具合が分かりやすく、ドラムも過剰なほど打ち込み感が強いですよね。特にBメロ「前髪~」の直前のクラッシュシンバルの切り刻んだ感じやバスドラを連打するあたりも、わざとやっているとしか思えません。サビもアイドルソングとは思えないほど細かくビートを刻んでいます。そして2番Aメロやサビ前「日々こ~の~」からの部分は正真正銘のドラムンベースです。ラスサビでメンバーの「Yeah!」が連打されている部分も、サンプリングとして扱っている要素がクラブミュージックっぽいですよね。BPMも170程度としっかりドラムンベースの条件に合致しています。とは言いつつ、コード進行や曲構成は王道のポップソングで、ラップを入れずになるべくポップになるようなメロディーで終始しています。このアイディアはフューチャー・ベースやフューチャー・コアの要素が入っているかもしれません。そしてアンバランスさを調和させるために少しヘンテコな歌詞だったり最後に爆発音を入れこんだりしているのでしょうか。

終わりに

 リリースされてしばらく経ち、「ぷりきゅきゅ」はきゅーすとの定番曲の1つになったと言えるでしょう。その後もボカロPであるナユタン星人さんによる「でぃすこみゅーたんと!」や川谷絵音によるロッテアイスタイアップ曲「ナイスだね」、そしてポケモンタイアップ曲「きゅーとなきゅーたい」のリリースと、潤沢な資金を余すことなく楽曲制作と営業活動に力が入れられてきているきゅーすとですが、韓国でバズり始めて韓国語バージョンの「かわだめ」のリリースと韓国ライブ成功と、韓国でも人気が出てきています。韓国のK-POPシーンでいま流行になっている激しいEDM調の「Crush on You」も発表し、ふるっぱーの”ザ・日本のかわいいアイドル最先端”やきゃんちゅーのバンドサウンド路線、すいすての”王道かわいいアイドル路線”とは違った、「流行の最先端」と言えるような立ち位置のアイドルになってきているのではないでしょうか。そして対照的に、ファンの熱望していた「『ひたシン』みたいな曲」である「ゆめみるプリマドンナ」の反響は現状どうなのでしょう……。私はきゅーすとのオタクではないのでわかりません。
 とは言え、初めオタクたちから賛否両論あった「ぷりきゅきゅ」は、音楽シーンの流行ときゅーすとの戦略を考えると、極めて論理的な帰結として考えられると思うのでした。
 全体的に素人意見ですので、ご意見・ご感想など大歓迎です。ぜひコメントください。

参考にしたサイト

block.fm

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nanjamon2.hatenadiary.jp

tips.audiostock.jp

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12月1日のジェットコースター

 自分が就職活動を始めた頃から求人の載っていた企業についに応募した。業務内容は自分の好みのもので、職場環境も申し分なく、条件ももろもろ良さげではあったのだが、20人にも満たない規模の企業だったのがネックで後回しにしていた。しかし就職活動を進めていくつも書類や面接で落とされていくうちに応募を出す企業の最低基準ラインが下がっていき、いよいよこの企業にも手を出してもいいのではないかと思い出したのだった。長い期間求人を出している会社というのは2パターンに分かれていて、なかなか希望者がいない(ほど専門性が高い)か、就職するのと同じペースで退職している(ほどのブラック企業)かなのだが、20人にも満たないので後者はあり得ないため、前者だろうと判断していた。そしてその求人票の求める人材に自分はマッチしていたため、こんなところに応募したらすぐに内定をゲットできるぞとたかを括っていた。
 面接に進んだ通知が来たときは「ほら見ろ」と思ったので、大した企業対策もせずに面接の日を迎えた。小さな規模の企業さながら、リモートではなく実際に社屋に赴いての面接だった。遅刻しそうになったが時間ぴったりに入り口のインターホンをプッシュして面接に来た者ですと伝えると、サブカルっぽいキャラクターの描かれた紫色のスウェットを着た女性がドアを開けて、エレベーターまで案内してくれた。「はいはいそういう企業ね」と感じて案内された面接部屋に入るとすでに女性が1人待機しており、自分が入室するタイミングで立ち上がった。その女性の向かいに座ろうとすると「そちらではなくこちらです」と女性の隣に座るように案内された。なんとその女性は自分と同じ転職希望者だったのだ。改めてみると控えめな化粧にリクルートスーツで緊張した面持ちだった。背筋がぴんと張っていて綺麗な姿勢だった。思わず何も驚いていないような素振りをしながら鞄を置いて、ゆったりと座って緊張していないフリをしてしまった。面接官の来室を待つ間、張り詰めた空気に耐えられなかった自分は「一対一の面接だと持ってたんですけど」と話しかけたら、女性は「私もです」と失笑しながら応えてくれた。「中途ですか?」と思わず聞いてしまったその女性は明らかに自分より若く、よくよく顔を見てみるととても整った顔をしていた。ちょうど澤村光彩と大村早紀を足して2で割ったような顔だった。ふたたび静寂が訪れたのち、面接官2人が部屋に入ってきた。話に聞いていた面接官は社長のみだったのだが。社長は宝塚歌劇団出身の俳優のように凛とした女性で、隣りに座った男性は眼鏡をかけた真面目そうな人だった。面接はいたって普通で、志望動機から始まり自分(たち)の返答を踏まえての深堀り質問に移り、最後は逆質問をこちらからするものだった。予定されていた30分ぴったりに面接は終わったのだが、2人で面接をしているので実質15分で終わったことになる。狭いエレベーターで案内役の社員と一緒に面接を受けた女性と3人で1階に降りて社屋から出て、2人そろって深々と頭を下げたのちにきびきびとした足取りでまっすぐ立ち去る女性を見送った自分は、茫然自失としてしまった。いったん女性と反対方向に歩きだしてから、最寄りの喫煙所を検索して向かうことにした。脂汗をびっしょりかいていたことに初めて気づいた。喫煙所に逃げ込んで煙草に火をつけてから、今回の面接がどうだったか否が応でも考えてしまった。思い返してみると、自分の志望動機は弱かったような気がする。もっと良い表現があったのではないだろうか。返事が冗長になっていなかっただろうか。次回の面接に進める自信になるような手応えがあまりなかった。自分に対する失望と今後に対する不安が煙のように立ち上がってきて、絶望感として自分を包み上げてきた。いかんいかん、あまり暗いことは考えないようにしないと、と自覚してとりあえずこの後の自分の行動を計画することにした。帰りの地下鉄でパートナーにあまり手応えが得られなかった旨をLINEで伝えると、「まだわからないから!一旦忘れよう」と励まされた。

 そう、その日は夜にライブを観に行く予定が入っていた。自分の一番好きなバンドが活動を休止して、そのフロントマンがソロでライブをするのだ。初めて訪れるライブハウスで、道のりや時間など考えることはたくさんあった。想定外に早く面接が終わり、昼前に帰宅してしまったのだったが、面接後に近くの牛丼屋さんにでも行こうと考えていたので、帰宅してしまった以上昼ご飯をどうするかから考えることになった。しかしスーツを脱ぐと、頭は今日の面接のことでいっぱいいっぱいになり、他のことを考えられなくなってしまった。炬燵に頭から篭って、とりあえずスマホでYouTubeを点けて過去に見たことのあるどうでも良い動画を流してぼーっとすることしかできなかった。前日夜に海外サッカーとF1の中継を遅くまで観ていたので、睡眠時間が足りていなかったというのもあり、目をつぶって動画を聞き流しながら眠ろうと考えて、時間が経つのを待った。再び目を開けた時には15時を回っており、近くのご飯屋さんはランチサービスを終了している時間になっていた。どうしたものかとGoogle Mapを探索しているうちにも時間が過ぎてしまい、いよいよ本当に動き出さないとライブに間に合わないというころ合いになってからとりあえず新しい靴下を履いて外に出かけることにした。喫茶店なんてないだろうかと考えて、以前無職だった期間にモーニングを何回か頂いたことのある雰囲気の良い駅前の喫茶店に行こうと思い立ちGoogle Mapで確認してみたら店舗の情報が消えていた。ストリートビューで確認すればあるはずで、過去に店舗の情報があったことも記憶していた。閉店してしまったのだろうかと思い、自分の目で確かめてみることにして、とりあえず駅前に向かって歩き出した。途中、煙草を喫いたくなってライターをさがしたのだが家に忘れてきたのか見つからない。家に戻るには歩きすぎていたので、コンビニで調達した。勢いの良い炎で火を点けた煙草を喫いながら喫茶店に向かうと、カーテンが閉じており店主の苗字と思われる表札がかかっているだけになっていた。臨時休業していたのは知っていたが、そのまま閉店してしまっていたとは。残念な気持ちになった。ただ駅前まで歩いてしまったので、近くのお店で入れそうなところがないか見回すと、今まで意識していなかったが喫茶店の2軒隣りに全国どこにでもあるインド・ネパール料理屋があった。概してこの手のカレー屋はランチタイムという概念がない。既に16時を過ぎていたが店は営業していた。店の前に置かれたメニューを確認すると、ランチタイムがちょうど16時までで、16時以降はディナータイムとなっていた。ランチセットとディナーセットは内容がまったく同じ様子だったので、つまりは同じセットがいつでも食べられるということではないかと不思議に感じた。迷っていても他に選択肢はなかったので、その店に入ることにした。やけに広い店内には客はおらず、入店ベルの音に気付いた店員が奥から出てきて「どこでも座っていいよ」と促された。適当な席に座って、出されたメニューを読み、自分の好きなほうれん草パニールのカレーとナンを単品で注文することにした。16時を過ぎていたので一応ディナータイムということでお酒の提供が始まっており、どうせライブハウスで飲むのだからという理由と、もうお酒を飲んでいないとやっていられないという気分だったのでお酒も注文することにした。ラッシーを使ったカクテルが書いてあり、珍しそうだったのでディタ・マンゴーラッシーを頼んでみることにした。運ばれてきたディタ・マンゴーラッシーはまろやかで甘いマンゴーラッシーの味とディタのさっぱりさがマッチして、アルコールの苦さを上手に打ち消していた。その後に届いたほうれん草パニールも期待していた通りの味で、嬉しかった。一緒に食べたナンはやっぱり巨大で、しかも自分一人の客のために動かした窯で焼いた出来立てのものだったので、あつあつすぎて掴むのもやっとだったが、それでもやっぱり美味しかった。遅すぎる昼食としてぴったり満腹になる量のナンカレーを味わいながら食べつつ、「これは結構アルコール度数が高いぞ」と気づき始めたラッシーカクテルを飲み干した。自分でも顔が火照っているのがわかるくらいアルコールが回り、満腹感も相まってだいぶ気分が良くなって、お会計の時にわざわざ対応してくれたシェフに美味しかったよの一言を伝えてあげようかと考えた。しかし時計を見るとなかなか危ない時間になっているのに気が付いて、高速で頭を回転させて一気にライブまでのスケジュールを脳内で反復確認し、会場にもっていく荷物のことを考えながらお会計を済ませてそそくさと退店することにした。物販で必要になるお札を揃えるために事前に引き出しておいた一万円札を申し訳なさそうに出して、くずしてもらうことも忘れなかった。

 店を出ると外は夕焼けも終わりかけており、その様子が自分の逸る気持ちを一層加速させた。歩き出してみると思っていた以上にお腹にナンが溜まっており、早歩きすると気分が悪くなりそうだったので止めた。それでも、カレーを食べた直後の自分は体温が上がっており、ただでさえその日は12月になったとは思えないほど暖かい日だったので、帰路の序盤から汗ばんできていた。焦る気持ちも追い打ちをかけてきた上に、急激な便意も催してきて、対処法を思いつくのに頭のリソースはすべて割かれてしまってスマホは一切開かなかった。帰路で立ち寄れる公衆トイレを脳内で思い起こして、そこにたどり着くまでの時間と自宅までの時間を比較し、実現可能性や快適さを加味して、通行人から稀有の目で見られるリスクも考慮したのち、最終的に導かれたのはまっすぐ家に帰るという結論だった。人目も憚らず競歩選手さながらの早歩きで自宅に向かい、あらかじめ準備していた鍵を即座に差し込んで無事にトイレに到達したのだった。
 ことを済ませてから照明も碌に点けずにライブ会場にいくための準備を済ませた。既に汗が染みているロンTの上からアーティストのライブTシャツを重ね着して、タオルを多めに持つことも忘れなかった。スマホと財布と煙草さえあればあとは大丈夫だろうと判断して、逡巡する間もなく家を飛び出した。のんびり歩けば15分かかる最寄り駅まで早歩きでずんずん進んで10分弱で到着し、そのまま山手線に滑り込んだ。自分が想定外だと思っていたのは会場の下北沢までの移動時間だった。同じ都内で、山手線から乗り換えは一度で済むような名のある土地だったので、うっかり池袋や巣鴨ほどの距離間で考えていたのだった。長い乗車時間で息を整えながら駅から会場までの道のりを検索した。もともと早く到着して時間を潰す余裕を考慮した予定を立てていたので、開場時間の30分前に到着できることが判明して安堵した。

 下北沢に来たのは3回目だろうか、Google Mapを見ながらなんとなく分かる道を抜けてライブハウスのある建物に着いた。外側に立ててある小さな看板を写真に収め、地下1階の物販デスクに立ち寄った。ポスター購入券を購入したのだが、地下1階は狭く周囲には人が全然いなかったのでスタッフの人にどこで入場列が組まれているのか訊いてみると地下2階の搬入口兼駐車場で待ってもらっていると教えられた。地下2階に降りてみると殺風景なコンクリートの直方体の空間にわらわらと100人ほどの人が集まっていた。ライブ会場は地下1階なので、駐車場の入り口でスタッフが番号を呼び出して順番にいま降りてきた階段を昇って会場に向かうという算段らしく、待機しているお客さんたちはみんな列をなすことなく好きなように距離感を保ちながら立っていた。女性の方々は知り合いが多いらしく同じデザインのTシャツを身に纏って立ち話をしていたが、男性陣は大多数がスマホを見ているソロ勢だった。自分の身を置く空間を探すために少しの間駐車場をぶらぶらした中で、ふとスマホを確認してみると、午前中に面接を受けた企業からの不採用のメールが届いていた。そんなに早く来るものとは思っていなかったので不意打ちだった。鼓動が早くなり、胸元が急激に冷たくなった。大勢の人数が停留していたのもあって待機所はなんだか空気が悪いように感じられて、まだ開場まで時間があったので煙草を喫うために焦って外に出ることにした。近くの喫煙所を探せるサイトで検索すると、近くにはどこにも煙草が喫える場所が無い。それでも下北沢なんて路上でどこでも喫えるだろうと思い、人影の少ない裏路地のようなところを探しながら周りを歩いていると、開場の時間が迫っている緊張と焦りからトイレに行きたくなってきた。近くのトイレを探せるアプリに切り替えて、気軽に入れそうなトイレを探して彷徨うことになった。そのアプリが教えてくれた最も近いトイレはファストフード店の店内のものだったのでどうしようか迷ったのだが、選り好みできる状況でもなかったので、お店のフロントから離れた入り口に周りこみ、イートイン座席の間を縫ってまっすぐお手洗いに向かった。男女共用トイレで自分の前に1人女性が待っている状態だった。自分が2番目に並び始めてすぐに使用していた人が個室から出てきて、後ろに自分が待っている状況を理解してくれたのか前の女性も長居せず自分も難なく用を足すことができた。用を済ませてお店を出て、そのまま向かいにあった工事現場の防護壁にもたれかかって煙草を喫った。近くでたむろしていたアパレルショップを開いていそうな人たちも煙草を喫っていそうな雰囲気だったから、まあここで喫ってもいいだろうと咄嗟に判断した。煙草を喫い終えてからやや早足で会場に戻ると地下駐車場はさっきよりも多くの人で満たされていた。目当てのアーティストはいつも開場時間も開演時間も押すので、今回も例に漏れず案内が遅れており、待機場は不満げな雰囲気でも満たされていたように思える。まあいつものことだと古参ぶって待機していると、やっと順番が呼ばれ始めた。自分の順番になって会場へ続く階段を昇り、ドリンク代の支払いを済ませてフロア前方ど真ん中を陣取ることに成功した。そこから動かず30分間、開演までまたしばらく待つ時間になった。セトリを想像したりTwitterやInstagramを巡りながら待って、予想通り開演時間を過ぎたところで、客席が暗くなってライブが始まった。

 目当てのアーティストは、普段は3ピースバンドのギターボーカルを担っている。バンド活動を一旦休止して、その間にソロ活動としてソロ名義で発表した曲やバンドの曲をライブで演奏してくれる。今回は1人ではなく、いつものバンドとは違うメンバーを集めてのソロ名義ライブだった。そのバックバンドのメンバーが先にステージに登場してきて、ビートを刻み始めた。そして本命の彼が登場する。途端に歓声とクラップも大きくなった。立てかけてあったギターを手に取ってコードを引くと、違和感があった。音がぶつかっていたのだ。慌てて別のギターと交換するようにステージ脇のスタッフにお願いして、再度コードを鳴らすと完璧にバックビートと噛み合い、満足そうなアーティスト。それを見て沸き立つフロア。自分もギターを弾いてこのアーティストのことをよく理解しているつもりなので瞬時に理解した。近年の彼はハイトーンが出なくなってきており、ただでさえ半音下げでチューニングしている曲を、最近では全音下げて演奏することがある。そして、半音下げチューニングのギターと全音下げチューニングのギターを逆に準備していたのだった。おいおい、と思いながらも、そのいきなりのアクシデントで一気にライブハウスはアットホームな雰囲気に包まれた。彼の人間性はクールというよりもポジティブで、多少のミスも彼らしく思えるのがチャーミングなところだった。ファンの温かさも感じつつ、ライブの楽しさに飲み込まれていった。ソロ名義の曲のバンドアレンジや、バンド名義の曲の新しいアレンジも披露しながら、時にはメロウに、時には明るく、滅多に演奏しない曲もセットリストに入れてくれていた。バックバンドのメンバーを一旦下げて完全に1人で弾き語りスタイルになったときには、まだアレンジの完成していない発表予定も決まっていない新曲を披露してくれた。新曲は歌詞もコード進行もとても彼らしく、次のソロアルバムに入るであろう雰囲気を感じ取ったので、とりあえず彼の新作が今後も出るであろうことが分かって嬉しかった。彼も披露できたことが嬉しかったのか、演奏した後にその曲のこだわりのコード進行を解説までしてくれた。そんなお茶目なところが魅力の一つなのだった。
 ライブが終わった。アンコールではグッズTシャツに着替えたメンバーが、当日が誕生日の彼にサプライズでケーキをもって入場してきて、ライブハウスにいる全員でハッピーバースデートゥーユーを歌うことができた。バンドメンバー全員で選んだらしいワインも贈られていた。いつも終演後に交換することに決めているドリンクチケットをバーカウンターで交換しながら良いライブだったなと感慨に耽っていた。距離感が近く、ポジティブなエネルギーに溢れていて、ファンの愛情も感じ取れるという意味で良いライブ、良い空間だった。以前Twitterでフォロワーに質問していた「レア曲」も何曲か演奏してくれたので、そういう意味でも滅多にないライブだったと思う。しかし、バンドのファンである自分にとっては、やっぱりバンド活動を休止させて行うソロライブ(しかもバンド形式)の目的や意味というのを探らざるを得なかった。自分の持ち曲の新しい可能性を見出すため?今のバンドメンバーから距離を置いてインスピレーションを得るため?もっとソロ活動したいから?これらの疑問の回答を求めてライブに足を運んだことも否めない。うーんと考えながらモスコミュールをちびちび飲んでいたら、楽屋から彼がマネージャーに囲まれて出てきた。実はグッズのポスターを購入すればライブ後に本人からサインを書いてもらえるというイベントがあるのだった。自分ももちろんそのために購入していて、財布に仕舞っておいたポスターの交換券があるのを確かめた。帰りの時間を急いでいなかったので、出演していた彼より遅くライブハウスを出て、サイン列の後方に並んだ。自分の番が来るまで20分ほど待っただろうか。サインを書く彼のいる机のすぐ前になった。交換チケットをスタッフに手渡す。何を話そうかは既に決めてあった。「あのライブのアレンジは他のメンバーから提案されたんですか?」この質問の答えによって、バンドの曲をソロでやることで新しい可能性を見出したい、インスピレーションを受けたいのかそうではないのかという意図が汲み取れると踏んでいた。そしていよいよ自分の順番が回ってきた。するとマネージャーが彼を呼び、ずっと着けていたマイクセットをライブハウスに返却するため外すように伝えた。自分の目の前で服の内側からコードを這いずりだそうとする憧れの存在。「すみませんね、こんなとこ見せちゃって」とお茶目にコメントすると、自分の後ろに並ぶファンたちも笑う。私は質問のことで頭がいっぱいで、気の利いた返しができなかった。マイクの件のおかげで他のひとよりも持ち時間を長くもらえていたはずなのに、私は話しかけられるまで自分から話しかけられなかった。マイクを外した彼はそのままサインを書き始め「そのTシャツかっこいいね」と言ってきた。その日私は、古参ぶって15年前のバンドのツアーグッズシャツを着ていた。シャツにはモッズファッションのアイコンであるターゲットマークをパステルカラーにしたものが大きく描かれていた。「え、これバンドのグッズですよ、昔のですけど」「あー俺たちのか!今見てもかっこいいよね!逆に欲しいもん」これが私のできた会話だった。準備していた質問は出来ずじまいだった。サイン入りのポスターをカバンに仕舞いながらそそくさとライブハウスを後にした。下北沢駅の喫煙所に入って、個性あふれる人たちに混ざりながら深く煙草を喫った。

 最寄り駅に着いたのは23時になる直前だった。帰宅途中のコンビニでカップラーメンと缶チューハイを購入する。家に帰ると、ベッドに入っていたパートナーから「おかえり~」と声を掛けられた。「ライブどうだった?」と世界で一番難しい質問を投げかけられる。楽しかったし、良かったよと伝える。そのついでに、今日の面接の様子と結果も伝えた。「はえ~、そんなことがあるんだね」と面白がって聞いてくれた。「大変だったよ、今日は本当に。テンションが上がったり下がったりで、疲れちゃった」と言いながら、自分が疲れていることを認識した。先に寝てるかも、というパートナーにおやすみと告げて、カップラーメンのためにお湯を沸かす。お湯を注ぎ、味の濃いラーメンを缶チューハイで洗い流した。その後、ささっとシャワーを浴びて、すやすや寝るパートナーの横に自分も潜り込み、深い眠りについたのだった。

 

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