アンダーグラウンド・ハイドアウト

やりたいことをのびのびこそこそと

(チョモと)僕は柵の中

 少しでも余裕がないと、自分のことだけに必死になってしまう。大したこともしていないのに、自分の行動だけで精一杯になってしまう。

和みたいと思い点けたTVは全くリアリティに欠けていた 
そんな中人が死んでいく映像を見たが 
自分と対峙できないオレにそんな映像と対峙することはできない

through your reality / Qomolangma Tomato

 自分の行動に夢中になることは、周囲の他人に迷惑をかけてしまう。そのことは頭では理解していても、実際に自分の行動に必死になっているときには自覚できない。視野が狭くなっているときは、視野を広げる努力が必要なのに、視野が狭まっていることすら気づけない。

考えの違う人達か
気の合う駄目なやつの集まりか
フェイクしていく似ているイメージ
ステレオタイプをダウンロード
フェイクしていく似ているイメージ
オマエの頭の中の中まで

surface noise / Qomolangma Tomato

 少しでも気を許せる場所や環境に身を置くと、すぐに甘えてしまう性格が良くないのかもしれない。自分が他人に心を開くまでかなり慎重になるタイプなのだが、一旦この人には気を許せるなと思った人にはかなりダラけた接し方をしてしまう。

ぼーっとするのが身に染みる
大げさな嘘で歪める
無垢ではない時間と接してる
粗削りな毎日にかすんでる

無垢ではない / Qomolangma Tomato

 相手を信頼していると言えば聞こえが良い。ただ、喋るときに「これだけでも話が通じるだろう」と要点を端折ってしまって話がうまく伝わらないことが頻繁にある。

いい加減な人間がいい子に育っても仕方がないのかな?

深夜徘徊 / Qomolangma Tomato

 もはや端折るだけでなく言葉を用いず、態度で主張をし始めたら終わりだ。不機嫌になって周りの行動を矯正させることは権力だ。実績や信頼を伴わないのに加えて、反比例的に人間性が地に落ちてく。これは気を付けないと本当にやってしまいそうになっている。

フラストレーションのストックはもういっぱい
やることなすことうまくいかなかったのは
自分らしさを還元する手段の
ただの僕はネタ切れだったにちがいない
悩みの種を植え込んでも心が晴れないと芽生えない
違いをくれよ 何か違いを僕にくれよ
有名な芸術家みたいに適当な生活がしたい

ネタのないパブリック / Qomolangma Tomato

 しかし、十全な情報を伝えても話を理解してもらえなかったり、はなから違う方向に話を曲げられたりすることもある。単純に理解能力がなかったり、文脈を取り違えていたり、反発する関係性にあったり、いやがらせだったり、記憶力が足りていなかったり、場面によって理由はさまざまだが、お互いに納得のいくコミュニケーションがとれることは珍しいことなのかもしれない。(過去にハーバーマスのコミュニケイション論を読んだためあくまで「そんなことはない」という立場だが、ラフな本音ではそう思っている。)

恋してたい 楽してたい
車の前を横切ってやりたい
力なきオレのこの叫び

商店街 / Qomolangma Tomato

狂ったようなオレの感情は
ショーウィンドウを叩く!

商店街 / Qomolangma Tomato

 自分が話をしているときに、自分の思う方向に話題の展開や他人の興味を向けることは、技術の必要なことなのかもしれない。話術・テクニックとしてまとめられ、書店に平置きされているのかもしれない。それでも、自分のやりたいこと、話したいことだけをどんな場面でも貫き通すのが「よいこと」なのかというと、やはりそうではないはずだ。満足度や幸福度は高いかもしれないが、それはあくまで自分の尺度であって、その行為が相手や周囲にどれだけ迷惑を与えているのか考えないといけないはずだ。

どこに行こうか迷ったけれど
ヘッドフォンあるから気にしない

jyara jyara / Qomolangma Tomato

 すなわち、自分のやりたいことと、それを貫いたときに他人に与える影響を天秤にかけたうえで、他人に合わせなければいけないと総合的な判断をする機会においては、そうすべきだということ。これを理解しているのとしていないのとでは行動指針が変わってくる。そう感じた。

かさばった弱みをリセットする
ラインナップする人たちだよ
感情をドリップさせた言葉
ドレミファっとそれを歌に乗せる

君は陥った 心から遠く
泣いたりするのは奴らの言う通り

蒸発のイメージ / Qomolangma Tomato

 そして、なんでも自分のやりたいことを突き通すのではなく、ある程度のところで「見切りをつけて自分の欲求を押さえること」が大人になるということなのかもしれない、と感じた。

雑念ただならぬ人が歩く
欲しいものお前は手に入らない
もうどうでもいいや
どうでもいいが 何とかしないと

capacity / Qomolangma Tomato

 他人や周囲の雰囲気に押されて、半ば同調圧力で自分の本心からやりたいことが叶わずに行動が制限・矯正されることがある。そんな柵(しがらみ)から抜け出したいという気持ちは構わないが、実家から出てそれを叶えたいま、柵の中で周りの期待に応えていい顔をして行動することも、ちっぽけな個人単位ではなく共同体単位で考えれば必要なことなのだと、考えた。

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